66、地下の遺物のその先に

 出て行くふたりを止める者はいなかった。妨害する者もだ。騒がしい自分たちの動向は、この巣をまとめる彼の耳に入っていてもおかしくないというのに。


 ずいぶんとあっけなく通り過ぎた巣の入り口を肩越しに振り返り、そこから誰も着いてきていないことを確認して、ダグは少し前を行くシャノンに声をかける。


「しょうがない、さっさと済ませるぞ。あの馬鹿は放っておいたら新しい面倒を次々に呼び込みそうだからな」

「ダグ、ボロへの了承は――」

「いい。俺らが簡単に外に出られた。今の状況があの人の答えだ」


 すんなりとふたりを巣の外に通したこと。それは立場上、面と向かって協力はできないボロなりの支援なのだろう。

 暗黙の了解を受け取って、ダグは顔を上げる。黒い目は先ほどまでの迷いを捨てて、まっすぐに行くべき先を見つめていた。


「っし、目的の確認だ。お前がぶっ倒れる前にラーフカンパニーからあいつを引き離す」

「目的の確認を完了。作戦、了承しました」

「よし、いくぞ」


 カツカツとタイルに足音を響かせながら、ダグは機械化人間に見つかったとき用の保険として擬態用のカバーを装着する。その足取りにもう迷いはなかった。




 輝かしい都市、ナウタル。白いブロックを等間隔に並べたような清潔な街並みに、幸福な住民たち。それをサポートする発展した技術力。人々は生を満喫し、AI含むロボットたちがそれをより良いものにしようと手伝う。その姿は外部から見ればまさに完璧な未来都市と言って差し支えないだろう。


 だが、そんな美しい未来都市には過去の遺物とも言うべき箇所がいくつも存在する。巣から外に抜けるために使った通路もその遺物のひとつだ。同じ人間であっても技術を享受する住民たちと違い、ダグたち機械化を逃れた者たちが地下に潜んでいるように、その遺物は都市の下に隠されている。

 そしてその遺物たちはテルタニスの目から隠れて行動するのにこれ以上ないくらい最適な場所として、ダグを含む地下の住民たちに有効利用されていた。


 ダグたちはそんな遺物をすいすいと通っていく。地下で暮らす彼らにとって、都市が覆い隠した遺物たちはただの資源でしかなかった。

 見通しの悪い中、元は緑色であっただろう安っぽいベンチやボトルの並んだ長方形の箱を確認しつつ、ダグたちは言葉を交わしながら歩みを進めていく。どんなに視界が悪くても、普段から地下で暮らすダグたちにとっては些細な問題であった。


「場所は……つってもわかんねぇか。地下の遺物のどっか、だとは思うんだがな」

「見当がついているのですか?」

「大体な。つーか、テルタニスに隠れてなんか企むなら地下が一番隠れやすいってだけだが。物理的に目が届かないし、電波遮断の細工もしやすい」


 歩いて行くと思った通り、暗い通路の中央には二本の鉄柱で固定された白い看板らしきものが見えてきた。埃と時間で劣化し、もう「駅」の文字しか読めないそれを見つけると、ダグはそれを目印に自身の背よりも高い段差から躊躇なく飛び降りる。

 目の前には先の遠さを表すように更に暗さを増す道と、その道に沿うようにして敷かれたレール。ボロに教えてもらった、遺物同士を繋げる道の一つだ。

 それを辿る様に奥へと進みながら、ダグは言葉を続ける。


「あのAIと敵対する以上、よほどの馬鹿じゃないかぎり都市に根城を構えようなんてことはしないはずだ」

「つまりチカは遺物のどこかにある本拠地にいる可能性が高い、と」

「遺物は場所によっては要塞になり得る。隠れて悪いことをするにはもってこいだろ?」


 ダグたちが住むあの巣も、もとはと言えば遺物の一種であった。入り組んだ構造の地下通路に、改造と改築を重ねて今の姿に至る。遺物という基礎は、ゼロから作るよりも大幅な手間と時間を省略してくれた、とボロは言っていた。

 もちろん物にもよるが、遺物はいくらでも使いようがあるのだ。ダグたちのような住処になったように、悪の拠点になることだって可能だろう。


「まあ、憶測の域をでないけどな。けど、やみくもに探すよりは視点が絞れて――」

「……いえ、その判断はどうやら当たりだったようです。ダグ」

「――何?」


 正直、ラーフカンパニーが遺物を拠点にしているという根拠は無かった。ただ、あてもなく探し回るよりは可能性が高いと、ダグはそう考えて道を選んだだけだった。

 けれど、どうやらその判断は思っていた以上にいい方向に転がったらしい。


「チカの生体反応を確認しました。彼女は、この先にいます」


 レールを歩く速度を早めながら、シャノンは静かにそう言った。

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