一方そのころの仲間たち
64、どんなに彼女が強くても
※※※
初めに比べればずいぶんと生活感の増した部屋の中で、かれこれ数十分。ダグは目が覚めたばかりのシャノンと向き合っていた。
「ダグ」
「……」
「ダグ、視線をこちらに」
起きて早々にこれだった。シャノンは目を開けて部屋を見渡した後、椅子に座ったままの姿で自分よりも先に起きていた男をじっと見つめてきている。
ここまで詰められたのは子供のとき以来だろうか。
こちらの胸の内を見透かしてくるような青い目から顔を背けつつ、ダグは幼いころを思い出す。確か些細なドジで膝を擦りむいたときだった。本当に言うのも馬鹿馬鹿しくなるような理由だったというのに、シャノンは今と変わらないまっすぐな目で真面目に理由を聞きだしてくるものだから、ものの数秒でドジの内容を吐いたことをよく覚えている。あまり思い出したくない思い出だ。
「ダグ。私が機能を停止している間に何があったのですか」
「……」
「チカとギルの姿が見えませんが」
「……」
「ダグ」
チカが決めて、あの怪しいピエロについて行った。別に言ったって何も問題はないはずだ。最低限、止めはしたのだから。なら後は自己責任だろう。
そのはずだ。だが、そう思うのにダグはどうしてかシャノンと視線を合わせることができなかった。
「聞き方を変えます。ダグ、彼女たちはどこに行ったのですか」
「……俺は止めた。でもあいつは聞かなかった」
沈黙の末に放ったたったひと言。だがそれだけでシャノンはチカたちに何があったのかにたどり着いたようだった。
ダグの言葉を聞き終わるのと同時にシャノンは椅子から腰を上げる。人間と何ら変わらない滑らかな仕草で立ち上がると、白いドールは迷いない足取りで扉へと向かって行った。歩く速さに遅れて取り残されたプラチナブロンドが、頭に引っ張られるようにしてふわりと宙を舞う。
ダグが声を上げたのはその白い手がドアノブを握った瞬間だった。
「おい、どこに行く気だ? まさか――」
「ラーフカンパニーに接触します。チカがいる可能性は極めて高いので」
「本気で言ってんのかよ。規模も不明の犯罪組織に乗り込むって? 場所もわからねえっつーのに」
「それでも行く必要があります。あの組織は危険です」
きっぱりと言い切るシャノンを口でとめながら、ダグは舌打ちをする。ラーフカンパニーの「ラ」の字も出していないというのに、正解にたどり着いてしまう。そんないつも頼りになるシャノンの明瞭な思考回路が、今だけは忌々しかった。
ドールの力でなくても簡単に振り払えるほど緩く、ダグは律義に止まったシャノンの腕を掴む。我ながらずるいやり方だとダグは思う。人間を傷つけないようプログラムされているこのドールが、乱暴に振り払うことなんて出来ないと知っているのだから。
それでも無理をしようとするこのドールを止めなければならなかった。
「駄目だ。やめとけ、シャノン」
「彼女は私たちの協力者です。協力者に何かあれば、計画に差し障るでしょう」
「あいつが決めたんだ。それに、あいつの強さはお前も良くわかってるだろ」
突然やってきた異世界の人間は魔法という特別な力を持っている。ダグは何度もその眩い強さに魅せられ、助けられた。この巣でも、ゴミ捨て場でも。
だから、ダグがチカに自分なんかの助けなんて必要ないという結論を出したのは極々自然のことだった。それどころか下手に首を突っ込んで、ゴミ捨て場のときのようにチカのお荷物になる可能性だって大いにある。
どうせあの魔法でまた無茶苦茶して、こっちの心配も知らないような顔で帰ってくるに決まっている。なら、ここで帰ってくるのを大人しく待っているのが利口な判断だ。
けれど、そう言ってもシャノンは決して扉の前から動かなかった。ダグの手を振り払うこともなく、かといってドアノブから手を離そうともしないまま、シャノンは静かに口を開く。
「……ギルの攻撃が直撃した際、チカは不自然な挙動を見せました」
「あ? 何だよ、いきなり」
「彼女の心拍、呼吸、声から私は彼女が苦痛を受けているものと判断しました。けれど、チカは笑っていた」
「……は?」
その内容を聞いた瞬間、ダグは自身の血が凍りつくような感覚を味わっていた。
確かに覚えている。あのドールの砲撃をその身体で受け止めて、笑っている姿を見た瞬間にダグはあの少女と自分はそもそもの生き物としての構造が違うのだと実感したのだから。
けれど、違った。
痛みがないわけがなかったのだ。
「いくら強くとも彼女は子供なんです、ダグ。それがわかっているのに何もしないで待っているなんてこと、私にはできません」
シャノンの声を黙って聞きながら、ダグは凍り付きかけた思考を動かし始める。
あいつは強いから、生き物として違うから、特別な力を持っているから、なんて理由で不甲斐なさを誤魔化して目を背けていた。チカが人間で、自分よりも幼い子供であるという事実を見えていないふりをしていた。
どうして目を合わせられなかったのか。その理由を理解する。自分の助けなんていらないだのなんだのと並べ立てて、結局のところダグは「何も出来ない自分」を正当化しようとしていただけだった。
ドアノブの回る音が聞こえる。いつの間にか腕は離れて、だらりとダグの身体の横に戻っていた。
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