63、おや、ピエロの様子が?
『……お嬢さん』
「協力はする。でもちょっと待っててほしいの。シャノンのコアパーツを取り戻すってダグと」
『それはあの古い型の
「え?」
続けて言おうとした言葉はジュリアスによって遮られる。チカは心配する必要がないとはどういう意味だと聞こうとした。だがピエロと目が合った瞬間、ぞくりと背筋を走った悪寒に思わず口をつぐむ。
今さっきまで、確かに視線が合っていたはずだった。見た目はピエロのぬいぐるみにちがいないが、それでも話し合うことができていると感じさせる視線のやり取りがあった。
そのはずだったのに、今は、それがない。
『吾輩はドールの生みの親じゃ。新しい体もパーツもすぐに用意してみせる』
「え、ちょっと、ジュリアス?」
『彼女は古い型だから、元のパーツを用意することは難しいがこの際だ、全て最新式のものに変えよう。その方がきっと素晴らしいパフォーマンスを維持できる。その方が素晴らしい。その方が理にかなっている』
ピエロだけが別の景色を見ているだけのように、視線が合わない。チカ達を置いてきぼりにして、ジュリアスの言葉だけがエンジンをかけるようにスピードを上げていく。
異常だ。いきなり様子が変わり始めたピエロを前に、チカは思わずソファーから立ち上がった。その衝撃でティーテーブルの紅茶がかちゃんと波打って、揺れに堪え切れす縁から溢れた数滴が上等なテーブルの上に丸く模様をつくる。お茶にしては甘ったるい香りが周囲に漂った。
ジュリアスは紅茶が零れたどころか、チカが立ち上がっていることにも気付いていないようだった。チカの顔はもう上にあると言うのに首を固定したように前を向いたまま、ジュリアスはシャノンの話をし続ける。壊れてしまったおもちゃのように。
『そうじゃ。いっそのこと吾輩が一から彼女を作り直すと言うのはどうかね。それなら今よりもずっと頑丈に、より高性能に出来る』
「っ、え?」
『そうじゃな。きっとそれがいい。これからのことを考えればそれが最適じゃ。パーツはより頑丈に、性能はより良く。きっと彼女も喜ぶじゃろう』
「で、でも、それはもうシャノンじゃないじゃない!」
話を挟む隙すら与えてくれない言葉の濁流。どうしたらいいかわからないそれを前に立ち尽くしていたチカだったが「一から作り直す」という彼の言葉には迷うことなく異を唱えた。
この世にふたつと同じものがないように、いくら利点があったとしても、身体も思考も丸ごと作り直したのならそれはきっと、シャノンではない。シャノンに似せた別の何かだ。
『――何が違う?』
「……え? だ、だって、違うじゃない。作り直したら、それはシャノンじゃなくて」
『吾輩は姿が変わった。けれど吾輩は吾輩じゃ。なら彼女だって同じことではないか。見た目が変わっても、性能が違っても、彼女は彼女』
しかし、チカの反論も空しく返って来たのは有無を言わせないひと言だった。思わず黙ってしまうような迫力に、チカは息を呑む。
こつり、と踵にソファーの足が当たって、チカはそこで初めて自分が後ずさっていることに気づいた。異様な雰囲気にのまれて、身体の筋肉が強張っている。
嫌な既視感があった。言葉は理性的なのに一方通行で、まるで会話ができていないように感じるこの違和感。
『なあ、だから。今すぐに頷いてくれるな? この国の最善のために。協力してくれるな?』
それはテルタニスと話したときと、とてもよく似ていた。
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