61、勝つための算段

「つまりジュリアスはコンピューターに自分を移してて、この際だから女の子になったと」

『あっとるがそうはっきり言葉にしてくれるな』


 身体が黒猫やらピエロのぬいぐるみなのはその都度状況に合ったものを使っているかららしい。人型タイプの身体は作らないのかとチカが聞けば「最高傑作を作っている最中だ」と返事が返って来た。


『今はの、髪をショートかロングにするかで迷っとって』

「あ、いい。それ以上言わないで。人の癖とか聞きたくない」


 ひょっとしなくても見た目に拘り過ぎて完成していないだけなのではないだろうか。


 息荒く好みを語りだしたピエロに考えの確信を深めながら、チカは目の前のぬいぐるみからそっと距離をとった。人の性癖なんて仲が良くてもそこまで聞きたくない話題である。ましてや初対面の人間のものなんて気まずいにもほどがあるだろう。


 これではいつ本題にたどり着けるかわからない。放っておいたらいつまでも話続けそうなジュリアスをぴしゃりと止めて、チカは半ば無理やりに話題を戻すことにした。


「で、さ。あんたがジュリアス本人だっていうのは分かったんだけど」

『おや、信じてくれるのか?」

「話が進まないじゃない。それに騙してるってわかったらボコボコにするだけだし、聞くだけタダよ」

『ほほ、こりゃあ頼もしいわい』


 話題が散らかってしまったが、考えることは初めからシンプルだ。テルタニスを破壊したいというジュリアスの提案に乗るか、乗らないか。それだけの話。


 ごちゃごちゃと理屈をこね回すのは苦手なのだとばかりにチカが言い切れば、ジュリアスはその反応に愉快そうに笑った。


「それで、具体的には何をするの?」

『簡単じゃ。あの楽園の塔ごとテルタニスを破壊する』

「塔ごと?」

『ああ、今まではラーフカンパニーの総力を挙げても塔丸ごとの破壊までには至らなかったが』


 そこで言葉を切ると、ジュリアスはちらりとチカに視線を向ける。表情のない目が何故だか笑っているように見えた。


『お嬢さんの力添えがあれば、それが可能になる』

「私のって、つまり魔法でってこと?」

『そうじゃ。その魔法じゃ。いやー、すごかったのう。あんなエネルギー反応を見るのは初めてじゃ。流石、あのテルタニスに追われるだけのことはある』

「……褒められてる気がしないんだけど」

『いやいや褒めとるぞ? なんせあやつの体に傷をつけられるものなんて無かったからのう』


 つまりはチカの魔法とラーフカンパニーの力で塔ごとテルタニスを破壊する、という算段らしい。今までジュリアスはあの手この手でテルタニス本体を引っ張り出そうとしていたが、チカの魔法があればそんなまどろっこしいことをせずとも、テルタニスの本体があるであろう塔ごと破壊してしまえば済む話だという。ずいぶんと大雑把な、しかしわかりやすい話だった。


 けれど、とそこまで聞いてチカは顔を曇らせる。頭をよぎるのは何度も再生するテルタニスの機械の触手と、ゴミ捨て場でビームを防ぎ切られたことだ。


「でも、あいつちぎってもちぎっても再生するし」

『普通ちぎれるもんじゃないんじゃがなぁ。なぁに、そこは吾輩の発明でどうにでもなる』

「……それに私の魔法、防がれたの」


 ゴミ捨て場の時には傷痕程度は残せたが、もしかしたら次は傷を残すことさえ不可能になっているかもしれない。


 腹立たしいことだ。認めたくないことだ。けれど、事実だった。

 癪な話ではあるが、自分の魔法だけでどうにかなる相手とは到底思えない。純粋な火力でテルタニスを打ち負かす想像が出来ないのだ。


「もしかしたら、今度は完璧に防がれるかも――」

『おや、らしくなく弱気じゃな』

「……でも」

『ほれほれ、そんな顔しとると楽しいことが逃げてしまうぞ。顔を上げなさい』


 けれど魔法を防がれた話を聞いても、ジュリアスは慌てる素振りすら見せなかった。ピエロの姿で両手を上げたおどけたポーズをとりながら、ジュリアスは明るい声で言う。

 笑わせようとするその姿は、まるで本物のピエロのようだった。


『何もお嬢さんひとりに全部任せようと思っとらんよ。魔法が防がれるというならその上をいけばいい。火力が足りないならんじゃ』

「え、増やす?」

「そう。お嬢さんの魔法とやらを分析し、吾輩の発明で増やす。そうすればあのテルタニスだってひとたまりもないじゃろうて」

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