59、お前は誰だ?
「……破壊? 国を? 何で?」
話を聞いて、初めにチカの口から出てきたのは実に単純で当たり前の単語だった。
より良いものにするために、何故破壊なのか。どうしてそんな結論に至るのか。ピエロの話もそうだが、テルタニスの意図がわからない。
そう頭にクエスチョンマークを浮かべるチカに、ピエロは言う。
『分からないかもしれんがお嬢さん。最善とは時として望まぬ結果を生むのじゃ』
「よく分かんないんだけど、そういうもんなの?」
『そういうもんじゃ。最善がいつも良いとは限らない』
それだけ言うと、ピエロはソファーから降りた。短い足でぽてぽてと歩いてくると、ぬいぐるみは床からチカを見上げる。
『さて、わかってくれたかな? 吾輩がどうしてあれを止めたいのか』
「いや、うーん……」
正直なところ、わかったようなわからないようなという感じだった。
確かに今ある生活を破壊される可能性があるのなら、抵抗するのは当たり前だ。けれど、目の前のピエロがテルタニスを破壊しようとするのはそれだけではない気がする。
何か、もっと別の特別な理由があるような。
『まあ吾輩の考えをすぐ理解する必要はない。今必要なのはお嬢さんが吾輩に協力する気があるか否か。どうじゃ、作戦に協力してくれんか?』
「そりゃ、あのムカつくAIをどうこうできるなら協力するけど、でも」
『そうか! それはありがたい!』
だが、チカがその違和感を探り当てる前にピエロは話題を進めてしまう。
チカの言葉を遮って、ピエロは喜びを表すように両腕を上に上げる。実に無害で可愛らしい仕草だ。神の如きAIを破壊しようとしているなんて、とてもじゃないが思えない。
『いやあ助かる。友はあれをずいぶん頑丈に作ったらしくてな、力不足じゃったんじゃ。お嬢さんの力添えがあれば百人力じゃな!』
「……なら、いい加減姿を見せロ。ありがたい協力者の前に、いつまで作り物の体でいる気ダ。それとも、嘘をついているから姿は見せられないのカ?」
『おお、それは誤解じゃ。吾輩はれっきとした――』
「これ以上嘘を重ねるナッ!」
そこで、ギルが口を挟んできた。彼は長い足を組み、鋭い眼差しでピエロを睨みつける。
かと思えば、ギルは何か弁明しようと声を上げたピエロに対し激高したように怒鳴り声を上げ、ソファーから勢いよく立ち上がった。もうこれ以上聞く必要などないと言いたげに、彼は混乱するチカの前に手を差し出す。
「愚かな言葉でこれ以上ご主人様を惑わせるナ。……行こう、こいつは嘘つきダ」
「え、嘘? どういうこと?」
「本当の姿を見せられなイ。それが答えだ、ご主人様。こいつは『ジュリアス』の名を騙る偽物ダ」
「……ジュリアス?」
「オレたちの元を作りだした根源の創造主、ジュリアスは人間ダ。間違っても、こんなぬいぐるみなんかじゃなイ」
ピエロを見下ろす紫色は酷く冷たかった。心底軽蔑すると言いたげな、嫌悪の眼差し。
ギルはピエロの壁となりながら話し続ける。
「それにジュリアスが生存していたのは五百年以上前の話。いくら機械化しても、伸ばせる寿命は二百年が限界ダ。計算が合わなイ。もしかしらたら、オレが知らない何かで生きながらえているのかとも考えたガ、頑なに姿を見せないところを見るに、どうやらそうでもないらしイ」
ぎり、と歯を食いしばりながらギルはピエロのぬいぐるみを、ジュリアスを騙っているらしいおもちゃを見る。眉間に刻まれた深い皺が明るい部屋の中で彼の顔に黒い影を落としていた。
「お前は、誰ダ? ジュリアスの名を騙ってご主人様に近づいて、何を考えていル」
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