58、破壊するもの、したいもの

「――――は?」

『では、詳しい内容についてじゃが』

「いや待って待って⁈ 友? 友達ってこと? あの変態の?」

『なんじゃいきなり。失礼じゃの』

「ごめん口が滑った」


 突然のことに頭がついていかない。驚きのあまり衝動的に考えていたことを口に出してしまってから、チカはピエロに謝った。

 通された部屋や口ぶりから、ただの組織の一員でないことは察しがついていたが、この話は想定外だ。

 友。友達。友人。あのテルタニスを作った「誰か」の友。このピエロはご主人様呼びを設定した変態野郎が誰なのかを知っている。


「ええっと、あんたはラーフカンパニーの創設者で、テルタニスの親の友達で……」

『ついでに言うなら機械人形システムドールの生みの親でもある』

「これ以上情報を詰め込まないでくれる⁈」

「だ、大丈夫カ? ご主人様」

 

 設定過多にもほどがある。そう内心で呟きながら、チカは自身の頭の中に「ドールの親」という一文を追加した。属性の大安売りだ。


 こんがらがってきた話を整理しようと、チカは皺の寄った眉間を軽く指で叩く。その様子を不安に思ったのだろう。ギルは心配そうな眼差しでこちらを覗き込んできた。

 それに大丈夫だと返して、チカは改めて偉そうなピエロに向き直る。考えることは多そうだ。だが、今は止まって考え込んでいる場合ではない。


『話を続けても大丈夫そうかの?』

「ああうん、ごめん。……で、詳しい内容って?」

『うむ、単刀直入に言うと――吾輩はテルタニスをしたいんじゃ』


 淡々と、しかしはっきりとピエロは言った。「破壊」とは穏やかではない。何か理由があるのかとチカはピエロの顔を観察するが、表情のないぬいぐるみからは何の感情も読み取れなかった。

 

「――破壊。じゃあ、企業の襲撃とかもその『破壊』のため?」

『まあ作戦の一環のようなもんじゃ。成果はあまり芳しくないがの』

「……ね、何で破壊したいわけ? 友達が作ったやつなんでしょ。テルタニスって」


 わからないなら聞くだけだ、とチカは身を乗り出す。友が作ったものだというのに、何故破壊しようとするのか。どうして破壊する必要があるのか。

 そう切り込むと、ピエロはわずかに首を上に向けた。相変わらずその目に表情はなかったが、どこか遠くを見るような仕草は、まるで過去を懐かしんでいるようにも見えた。


『ああ、確かにテルタニスは吾輩の友が生み出した最高傑作じゃ。友は、吾輩たちは国を、世界をより良いものにしようと手を取った。様々なものを、生み出した。ドールもそのときの発明じゃ。人を手伝い、支えていく最善のパートナーとしてな。……最も、あやつは人の奴隷程度にしか思っとらんのだろうが』


 奴隷。その言葉を使った時、何も見えなかったピエロの表情にわずかな怒りが見えたような気がして、チカは目を瞬かせる。だが、すぐに表情はただのぬいぐるみの顔の下へと隠れてしまった。


 確かにピエロが言うように、テルタニスのドールへの扱いは良いものとは言い難い。チカは隣のギルをちらりと見てから視線を前へと戻した。


「……なおさら分かんないんだけど。最高傑作なんでしょ? 壊していいの?」

 

 作られた理由はわかった。けれどそれならますます破壊する理由がわからない。国をより良いものにしようとして、最高傑作が出来た。ならば何も壊す必要などないように思える。

 テルタニスをボコボコにすること自体、チカには何のためらいもないが、協力者の理由が分からないというのは不気味だ。


 しかしチカの疑問に、少女の声は静かにこう答えた。彼女がたどり着いたらしい、その結論を。


『最高傑作だからじゃ。あれは、友の意志のままにいずれこの。より良いものにするために、最短で、最善の結論にたどり着いてしまう』


 吾輩はそれを止めたいのだと、笑顔を奪わせたくないのだとピエロは言う。

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