56、ようこそラーフカンパニー

『すまんすまん。サイズのことを考慮しとらんかった』


 結局都市を通って本拠地へと進むことになったが、意外にもそれ以降のピエロの案内はスムーズだった。


 チカたちを止める者は誰もいなかったし、テルタニスの監視ロボットらしきものはチカたちの横を素通りしていった。

 聞けば、ピエロが妨害電波ジャミングを発しているのだという。


『ほれ、ゴミ捨て場のときもそこの青髪のはお前さんに気づいとらんかったじゃろ?』

「あれもあんたが?」

『そうじゃよ。テルタニスの最新型にも対応しとる吾輩特製妨害電波じゃ』


 それで誰も認識していないというわけか。


 チカは何度目かの素通りしていく監視ロボットを横目に、ピエロの後ろをついて行く。真横を通っているというのに、誰の目もチカたちを追わない。

 透明人間にでもなってしまった気分だ。そう思いながらチカは真っ暗な真上に息を吐き出す。


 夜だった。月は出ておらず、押しつぶすような暗闇に都市が反抗して眩い光を放っている。白い箱型の建物は煌びやかなネオンを反射して、夜の闇によりくっきりと浮かび上がっていた。


 そう言えばここに初めて来た日も夜だった。

 楽園の塔から落ちた日を思い返しながら、チカはビルの隙間から見える塔を見上げる。白く天を突く中心地。その姿は何も知らなければ神が住んでいると言われても信じてしまいそうな神々しさがある。


『ほれ、後はここを降りていけば着くぞ』

「あ、うん。今行く」


 実際は神気取りのAIと、その取り巻きがいるだけだが。

 地下への階段を降りていくピエロに続きながら、堂々と空を割って建つ塔にチカは小さく舌を突き出した。




 ビルの間に隠されるように伸びていた地下道を歩いて、数分。チカは自身の前にそびえたつ建物に目を丸くした。

 

『どうじゃ? ラーフカンパニー本拠地を見た感想は』


 その様子にピエロが満足げに背筋を伸ばす。


「どう、って……」

「規模がおかしいだロ。何てものを地下に作ってんダ!」

『はっはっは。そう褒めるな』

「褒めてなイ。何だお前、こんなものを作って何を考えてル?」


 周囲を壁に囲まれた空洞に、それは存在した。壁に沿うようにして建物をぐるりと一周する緩やかで巨大な階段を下りながら、チカは近づいてくるその大きさに圧倒される。


 正直な話、初めは穴にしか見えなかった。黒々としたあの夜空のような、全てを飲み込む穴。

 だが、近づくにつれて中央にあるのが穴でなく「巨大な黒いドーム状の何か」であることを知る。


 これが「本拠地」だとピエロは言った。どう見たってアニメで見るような悪の拠点だった。ヒーローがやってきたとき、きっとあのドームのてっぺんが開いて巨大な大砲やらレーザーやらがにょきにょき姿を現し、飛びまわるヒーローを迎撃するのだ。


『なに、吾輩が目指しとるのはあやつに比べれば可愛いものじゃ』


 短い足で器用に階段を降りて、ピエロはついに城の前に立つ。階段から見下ろすだけでもその巨大さが分かるというのに、下から見上げるとより際立つ圧迫感に息がつまりそうになる。


 一体何を要求する気だ、とチカがごくりと喉を上下させるのも気にせずに、ピエロはようやくたどり着いたドームの前で片腕をぴょんと上げた。するとそれを合図にするように、ドームの一部がゴゴゴと重い音を立てて開く。

 中から飛び出してくるのは巨大な兵器か、それとも未知の生き物か。もしかしたら極悪非道の実験施設かも。

 アニメと漫画と映画の悪役を頭でミックスしながら、彼女は内心「返事を早まったか」と考え始めていた。ダグやボロの言う通り、軽率に頭を突っ込むべきではなかったかもしれない。もしかしたら、自分はとんでもない場所に来てしまったのではないか。


 身構えるチカの前に、ギルが警戒を隠さない面持ちで立った。

 けれど、ドームの隙間から溢れてきたものは兵器でもモンスターでもなく――

 

『テルタニスはより良いものを目的としとるが、ちと硬すぎる。吾輩が目指すのはもっと単純なことじゃ』


 カラフルな風船に紙吹雪。芝生を走る緑の車体に赤い車輪の汽車。跳ねまわるピンクのボールに青いチープな、けれど大きさは原寸大の車。そして中央に建つ屋根を赤いペンキで塗りたくったような、巨大なお城。


 赤、青、緑、ピンク。そこから見える光景は、まるで色とりどりのおもちゃ箱のようだった。

 あっけにとられる二人を笑うように、城の背後に花火が上がる。黒いドームの中は外とは真逆の、晴れやかな青空だった。


『世界をもっと、もっと。それが吾輩の目指すものじゃ!』


 現れたおもちゃ箱に違和感なくとけこみながら、ピエロのぬいぐるみはチカ達の方を振り返り、楽しそうに両腕を広げた。

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