54、情報と拒否

「分かった、協力――」

「言うと思ったよ馬鹿野郎が」

「痛った⁈」


 テルタニスの弱点と聞いた瞬間、数秒の間も置かずに頷こうとしたチカの後頭部をダグの手がすぱんとひっぱたく。何をするんだと頭を抑えて睨みつけるチカと「ご主人様に何するんダ」と唸るギルに対し、ダグは呆れたようにため息を吐いた。


「何でそう考えなしなんだよ。俺らを騙す気かもしれねえだろ」

「でもテルタニスの弱点よ。今は手詰まりだし、聞いとくべきじゃない」

「だからその情報自体が嘘かもしれないって言ってんだよ」

「でも嘘って確証もないでしょ」


 ちょっと考えればわかるだろと言いたげなダグ。だがチカは引き下がらなかった。


 現状テルタニスの情報はまったくと言っていいほどなく、チカダグ共にテルタニスに用があるというのに手札がない。今のこのこ会いに行けば初めて会ったときのように手も足も出ない状態で弄ばれるのがオチだろう。


 多少の危険はあるかもしれないが、それでも手に入るかもしれない情報は取りに行くべきだというのがチカの意見だった。


「慎重になるのはわかるけどさ、何でもかんでも疑ってるだけじゃ動けないでしょ」

「っ、けどそうは言っても――」

「それに、時間がないんでしょ」


 シャノンに残された時間。それがあと数ヶ月なのか数年なのか、それとも数日なのかはわからない。ただわかるのはこのままにしておけばシャノンは何も出来ないまま動かなくなるという事実だけだ。


「あんただって嫌でしょ。何も出来ないまま、シャノンが壊れていくのは」

「それは……」


 その言葉に言いよどむダグ。それについてはダグもわかっているはずだった。シャノンのことを考えれば、危険を承知の上で情報を取りに行くべきだと。それぐらいのリスクを冒さなければあの神の如きAIには立ち向かえないと。


「自分は反対だ」


 だが、続けて口を開こうとしたダグをボロの言葉が遮った。

 迷っていたダグの黒い目が驚いたような表情で隣の恩人を見る。

 硬い拒絶の声が巣の中に反響して転がっていく。ボロの声は決して大きくないはずなのに、耳に残る。


「巣を率いる者として、住民を悪戯に危険に晒すような真似は許可できない」

「ボロ、でもそれじゃあシャノンが危ないの。それに協力ったって危険なものか聞かなきゃわかんないじゃん?」

「内容がどんなものだとしても、ラーフカンパニーを引き入れるリスクの方が大きい。チカ、これは君たちだけの問題じゃない。自分たち全員の安全の問題なんだ」


 ボロの意見は変わらなかった。皆を危険に晒すわけにはいかない。危ない橋はたとえ石橋だとしても渡らない。徹底した慎重行動。

 それを聞いて、ダグは何かを言おうとした。けれど結局、頑なな声を前に何も言えずに黙ってしまう。

 ピエロはボロの言葉を静かに聞いて、動かない口で言った。


『ふむ、手に入る大きなリターンより、起こりうるリスクを回避する。まとめ役としては妥当な判断じゃな』

「チカに助けられたのは事実。なるべくなら君の役に立ちたいと言うのが本心だ。だが、ラーフカンパニーは取引する相手としては不透明すぎる。正直なところ、自分はこの相手を信用できない」


 楽しそうに発せられたピエロの声をボロは無視する。危険物と関わり合いになりたくないと、彼の全身が示していた。


「だからどうしても協力したいと言うのなら、君ひとりでお願いしたい。これが最大の譲歩だ」


 最後にそう言って、ボロは言葉を締めくくった。

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