53、とんでもない情報提供

『……おーい、これはちょっと酷くないかの? 一応客人じゃぞ、吾輩』

「私の世界じゃ寝てるとこに突撃してくる奴は客じゃないの」


 客というのは常識の範囲でやってくる相手のことだ。間違っても営業時間外に無理やり入ってきたり妨害レベルで騒いだりする奴のことではない。断じて。


 飛び起き、どこから入り込んだのか大騒ぎする小さなピエロのぬいぐるみを見つけ、ステッキでどついて縛り上げて部屋から叩きだすまで数秒。

 チカは通路に転がってブーブーと文句を言うピエロを寝ぐせが付いた頭のままギロリと睨みつける。眠っていたところを叩き起こされたチカの機嫌はすこぶる悪かった。


「何しに来たのよ。っていうか、どこから入ったわけ」

『舐めるなよ。この程度吾輩にかかれば侵入なんて朝飯前じゃ』

「威張るな犯罪者が」


 えへんと胸を張るピエロの頭をそう言って小突いたのはダグだった。慌てて起きてきたところなのだろう、絡まった黒い毛糸のような頭が今はさらに酷いことになっている。モズクである。

 シャノンの姿はなかった。多分、今はスリープ状態なのだろう。


「言え。何しに来た」

『酷いのう。一応お前たちの命の恩人だというのに』

「……それは感謝してる。が、それとこれとは話が別だ」


 騒ぎを聞きつけてボロたちもやって来た。あまりの騒ぎに目を覚ましたらしい住人の姿もちらほら見える。

 だが複数人に縛られた状態で囲まれてもピエロは慌てる素振りすら見せなかった。このくらいは想定済みということだろうか。


『招待状の通りじゃ。吾輩はお前たちを迎えに来た』


 ぬいぐるみは動揺するどころか堂々とした話しぶりでダグたちを見上げて話し始める。といっても口部分は糸で笑みを描いているだけなので、ピエロの口は何も動かなかったが。


「それが意味わかんねえぇって言ってんだよ。都市を騒がせる犯罪組織が、俺たちに何の用だ」

『ほほ、流石に地下暮らしでもそのくらいは知っとるか。……まあ、吾輩は話したいのはお前さんらというより――――』


 そこで、ピエロの黒いボタンの目がチカの方を向いた。話している相手がいるせいか、顔が固まっているはずのぬいぐるみが酷く表情豊かに思える。

 続きを言おうとしたピエロを遮って、チカは口を開く。


「あんたが興味あるのは私、ってことでしょ」

『話が早くて助かるわい』

「路地裏でも似たようなこと聞いたもの。で、何が目的なの」

『ああそれは――おっと』


 縛られているにも関わらず、楽しそうにピエロが話し始めようとしたときだった。チカの視界を黒い背中が遮る。その男はボロの静止も振り切って、割り込むようにチカとピエロの間に立っていた。

 シャノンと同じ高さから、威圧的な紫色がピエロを見下ろす。シャノンの青色には見透かすような静かな冷たさがあったが、ギルの紫には敵意を剝き出しにした、相手を突き刺すような攻撃性があった。


「ご主人様に何する気ダ。……返事によってはお前の身体がはじけ飛ぶからナ」


 言葉は至って冷静に、だが敵意を隠さない。

 右の手のひらをピエロに向って突き出したまま、ギルは淡々と問いかけていた。その手を向けることが何を意味するか、それは撃たれたチカが一番よくわかっている。もしもこの距離であれを撃ち込まれたらひとたまりもないだろう。

 けれど、ピエロは向けられた敵意に臆することなく、それどころか逆にどこか嬉しそうな声でこう言った。


『おお、お前はテルタニスの……そうかそうか、あいつの手から逃れられたか』


 ギルに向けられたのは心から安心したような声色で、とてもじゃないがダグやシャノンから聞いた通りの犯罪組織の一員とは思えないほど穏やかだった。


「……質問に答えロ。何を企んでいル」

『いや、すまんすまん。話を長々と伸ばしてしまうのは吾輩の悪い癖じゃ』


 ピエロの言葉にギルは顔を顰めただけだったが、さっきまでとは違い、敵意だけだった紫には明らかに動揺の色が滲んでいる。わかりやすい男だった。

 やはり本当に悪人なのか、チカの頭で消えたはずの疑問が再び頭をもたげ始める。


『吾輩はを知っている。どうじゃ? 吾輩に協力せんか』


 しかしそんなごちゃごちゃと絡まり始めた彼女の感情を置いて、ピエロはとんでもないことを言い始めた。

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