52、迷惑な訪問者
場所も時間も書いてないなら行きようがない。それが結論だった。
結局、欠陥だらけの招待状は保留という結果に行きついた。「場所が書いてないならそもそも行きようがない」それがダグたちが出した答えで、交わることのない平行線の終わりだった。
その場は解散となり、各々は部屋で休んでいる。ギルだけはボロがまだ監視下に置くと言って連れて行った。去り際に不安げな眼差しでこちらを見てきたが、チカとしても初対面の男と同室で寝泊まりはしたくなかったので正直ボロの申し出は助かった。
新しく用意されたばかりのベッドに横になる。くたびれていないシーツからはほのかに洗剤の冷たい匂いがした。
チカは人差し指と親指で例のカードを摘まみ、それを顔の上に持っていく。
刻印された白いLのマーク。不完全な招待状。ダグが捨てるかと聞いてきたそれを、チカは何となく持っていた。何故か捨てる気にはなれなかった。
「……そんな悪い人には思えなかったけどなあ」
ひとり言として出てきた言葉をチカの理性が叱咤する。「犯罪組織だって聞いたのに、悪くないわけがあるか」と、考えを真っ向から否定する。
けれど、そう思っているのに浮かんでくるのはどこか老人のような話し方をする少女の声ばかりで。
どうして助けてくれたのだろう。何故自分なのだろう。
ダグに言えばきっと「恩を着せてつけ込むためだ」と両断されそうだなと考えて、チカはぐるぐると考え始めた頭のまま、枕に顔を埋めた。冷えたそれが、今は考え過ぎた脳に心地いい。
本当に悪い人には思えなかった。助けてくれたからいい人、とかそういう単純な話ではない。ちゃんと理由がある。
この世界に来てからまだ日が浅いせいか、チカは人間のような彼らを物扱いする雰囲気に慣れないが、多分それが当たり前なのだ。ボロですら、シャノンに謝るように詰め寄った時、戸惑っていた。彼らにとってドールというのはあくまでも「物」のくくりから出ないのだろう。ダグはまた少し違うようだが。
だが、あのおもちゃ屋はダグに対してこう言ったのだ。「なら人間からはお前が守らんと」と。ドールとわかっていて迷うことなく「守る」という言葉を使った。
それがチカの中でどうにも引っかかっていた。都市を騒がせる犯罪組織の一員が、根っからの悪人が、そんなことを言うのだろうか。
多少の勘もある。どうにも悪事のためだけとは思えない。何かもっと、理由があるような。
と、そこまで考えてチカはシーツに顔を押し付けたままため息を吐いた。自身の体温でぬるく温まったそこに額を擦り付け、もぞもぞと動き、脱力する。
結局は考えても仕方のないことだった。理由なんて聞かなければわからないし、第一聞こうにも場所がわからない。
こんがらがった思考を横に置いて、チカは天井を見上げる。
とりあえず、寝よう。寝て、またそれからにしよう。眠いし。
チカは重くなる瞼に身を任せ、静かに目を閉じてベッドの上に丸まった。
『迎えに来たのじゃ!』
前言撤回。やっぱりただの犯罪組織に違いない。
聞き覚えのある少女の声にいきなり叩き起こされ、チカが意見をひっくり返すのは寝てから数時間後のことだった。
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