49、新しい悩みの種
「……驚いたな。こんなドールを見たのはシャノン以外初めてだ」
ぎゃいぎゃいとまだ噛みつこうとする青髪をシャノンが羽交い絞めにし、このままここにいても埒が明かないとボロに相談しに行き、ぐるぐる巻きにした後、チカが「大人しくしろ」と言ってから数時間後。青髪を調べたボロは驚いたように言った。
「感情機構の影響で命令回路が焼き切れている。彼はもう、テルタニスの影響下にはない」
ボロ曰く、強く設定された感情機構の暴走状態が命令回路に何らかの異常を及ぼした、とのことだった。「何か強く感情が昂ることでもあったのだろう」というボロの言葉にチカの頭にテルタニスに処分されかけた青髪の姿が浮かぶ。
恐らく、あのときの強い恐怖や絶望が影響したのかもしれない。
「じゃ、じゃあ私を『ご主人様』って呼ぶのは?」
「いや、それは……」
「それはオレが、あなたをそう呼ぶにふさわしいと判断したからダ!」
「……ということらしいんだが」
やや困惑が隠し切れないボロの代わりに、今も尚ぐるぐる巻き状態の青髪がはっきりと答えた。
おかしい。外見自体は変わっていないはずなのに、表情が明るくなっただけで人が変わって見える。ついさっきまで狂気を湛えていたはずの紫の目は、今やキラキラと健全な光を宿していた。
訝し気なボロの視線が痛い。「ご主人様と呼ばせるなんて一体どんな恐ろしいことをしたんだ」と目が語っている。酷い誤解であった。
「……君、彼に一体何をしたんだ?」
「いやいやいや、誤解しないでよ? 私は特に何も」
「ご主人様はオレの命を救ってくれタ!」
大型犬を思わせる笑顔で青髪は語った。縛られているにも関わらず、その顔にはただ純粋な好意だけがあり、ちょっと底が見えないような狂気を感じる。
「命を狙ったオレなのに、ご主人様は救ってくれタ。オレのために怒ってくれた」
「いや、あれはあのAIにムカついてただけで」
「だからあなたに従いたいと、あなたの助けになりたいと、そう思っタ!」
「……つまり自主的に従う相手を決めてるということか。……これも感情機構の影響なのか? こんなドール、見たことがない」
不思議そうな声でボロはチカと青髪の顔を見比べている。
要するに、青髪は助けてもらったことに恩義を感じ、それに報いるためにチカを主人にすることに決めたらしい。実に勝手なことである。
「……まあ、理由はわかったけどさ、でも勝手にご主人様とか呼ばれても困るんだけど」
「分かった! ご主人様の邪魔になるなら、自壊プログラムを起動――――」
「やめて⁈」
自分の言葉ひとつで壊れるなんて寝覚めが悪いにもほどがある。
「……ああ、やっぱリご主人様は素晴らしイ方ダ」
チカが慌てて物騒なプログラムを止めさせると、青髪はどろりと陶酔しきったような眼差しを向けてきた。
どうやら従うことは最早この男の中では決定事項らしい。これも感情機構の暴走とやらのせいなのか、どうにも思い込みが激しいというか扱いづらい男だった。
その様子を見ながら、シャノンから追加で鼻の手当てを受けていたダグが気分悪そうに鼻を鳴らした。シャノンが丁寧に張っているガーゼの下にはくっきりと赤い歯形がついてしまっている。
「いいだろ、従うって言ってんだ。テルタニスの心配もないようだし、精々ボロ雑巾になるまでこき使おうぜ」
「……オレが従うのはご主人様だけだ。誰がお前の言うことなんてきくカ」
だが、そんな機嫌悪いダグの言葉に青髪の目は驚くほど冷ややかだった。どうやらチカ以外への態度は元のままのようだ。
不遜な態度にダグは額にビキビキと青筋を立てる。
「おいやっぱりこいつバラバラにして鉄くずとして再利用しようぜ」
「こら喧嘩しない。あんたも、ダグに酷いことしたんだからさっさと謝んな」
「殴ってごめんなさイ」
「……清々しいほど相手見てんな、おい」
見かねたチカが仲裁した途端態度を一変させる青髪と、それを見て怒りよりも呆れが勝ったらしいダグ。
一難去ってまた一難。どうやらまだまだ悩みは終わらないらしい。
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