48、ご主人様、爆誕
「……おい」
「いや、私のせいじゃないし」
「ならそれはどう説明するんだよ」
そう言われてしまうと、チカは何も言い返せなかった。現にダグの怒りの要因はチカの腰に張り付いたままだからである。
ぎゅうぎゅうと腰に回された手を振りほどくことも出来ず、チカは青髪を見下ろしてため息を吐いた。ここに戻ってきてからもう何度吐いたかわからない。
戻ってきたまではよかったのだ。テルタニスには追ってくる意志はなさそうだったし、巣まで何とか帰ることができた。あの銀の金平糖こそ手に入らなかったが、肝心のシャワーはシャノンが拾ってくれていたらしい。つまり外出した目的は果たしたと言える。
だがしかし。問題はそこからだった。
「どうしてテルタニスの下っ端がここに居るんだよ⁉」
何とあの青髪がどさくさに紛れて着いてきてしまったのである。
何も好き好んでこの男を招き入れたわけではない。何を思ったのか、この青髪はチカたちの後をこっそりついてくるようにして巣に入り込んだのだ。
流石の新型は妙なところで高性能らしく、シャノンのセンサーにも引っかからなかったらしい。
「私だって知らないわよ。それになんか、くっついて離れないし」
しかも目下の問題はこの男が着いてきたことだけでなくチカにくっついて離れないことでもあった。
あの古びたショッピングモールに戻ってきて一息ついた後、「何でお前がいるんだ」と驚愕の視線を向けられて以降、男はずっとこの調子だった。チカの腰にしっかりと腕を回し、押そうが引こうが離れない。まるで駄々をこねる幼児のような有様だ。
さっきまで狂ったような眼光をこちらに向けていた男と同一人物とはとても思えず、チカは困った表情を浮かべた。正直、今はくっつかれている嫌悪よりも困惑の方が強い。この男は一体どうしてしまったのか。
「どうせテルタニスの奴が送り込んだに違いないだろうし、さっさと追い出そうぜ。どうせロクなことにならねぇ」
「私だってそうしたいけどさ、なんか離れないし」
「つーか、あんたがこいつを助けなきゃこんな面倒なことには」
「何よ、あのまま胸糞悪いの放って置けっての?」
「お人好しも大概にしろってことだよ! 大体あんたは――――」
と、ダグが続けざまに噛みついた時だった。
「………――るナ」
「……あ?」
ぼそり、と声がした。それにダグが反応し、苛立ちを隠さずに片眉を上げる。
眉間に皺を寄せた状態で、ダグは未だチカにくっついた男の、黒いタートルネックの首部分を掴む。殴られた側と思えば、ダグの反応は至極当然であった。
「何が言いたいんだよ。つーか、さっきはよくも好き勝手やりやがったな」
「……――するナ」
「ああ? 聞こえねぇなあ! ったく、お前が妙な真似するからこんなややこしいことに」
中々音量の上がらない青髪の声にダグの口調はヒートアップしていくばかりだ。イライラとした声の尖りを隠さないまま、それどころか突き刺す勢いでダグは青髪へと詰め寄る。
そして「これでも今さら何か言い返す気か」と顔を上げない青髪に顔を近づけた瞬間――
「ご主人様を馬鹿にするナァ――ッ!」
「ぎゃああああっ⁈」
「……ご主人様?」
信じられないことを言いながら、青髪はダグの鼻先に文字通り噛みついた。
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