47、勉強熱心な白玉
別にこの男のことを許したわけではない。ただ、テルタニスの思い通りにさせたくなかっただけで。
あとちょっと泣きじゃくる男が可哀そうだと思ってしまっただけだ。
「な、なんデ、お前――」
「……重い」
「エ?」
「重い。降りて」
「うぎャッ⁈」
なのでとりあえず、チカはお姫様抱っこ状態で固まっている腕の中の男を地面に落とした。
ずべしゃ、と地面に転がりながら悲鳴を上げる男を
見れば見るほど上空に浮かんだその姿は巨大白玉にしか見えなかった。白玉には間違ってもあんな気持ち悪い触手なんて生えてないが。
【ごきげんよう、異世界の方。いかがですか、この世界は】
「最低最悪よ。変な奴らばっかだし、何よりあんたが支配してるってのが最高にムカつくわ」
【それはそれは。楽しんでいただけているようで何よりです】
返された皮肉にも聞こえる言葉にチカは鼻に皺を寄せた。変なところにも対応しているAIである。人間のような言葉遣いといい、本当にムカつくったらない。
【この度はGIRU00252が失礼を。あなたがたに必要以上の危害を加えるつもりはなかったのです】
「……今さら元凶が何しに来たのよ」
【SOS信号を受け取りましたので。危険と判断し、対処を】
なるほど、この青髪に手を出された機械人間が親にチクったというわけだ。
謝罪をしているつもりなのか、うにょうにょと触手をうねらせながらテルタニスが言う。その言葉に足元で倒れている男が怯えたようにびくりと体を竦めた。何かされると思ったらしい腕が男の頭を庇うように交差している。
だが、テルタニスは何も言わなかった。まるで男の姿そのものが見えていないように、高性能AIはチカを相手に話を続ける。
どうやら支配する神の目に、もう些細なことは映っていないらしい。
「ねえ、何がしたいの」
その胸糞が悪くなるような光景に眉を寄せながら、チカは巨大な白玉にずっと聞きたかったことを尋ねた。視界の端でダグが「余計なことを言って刺激するな」と身振り手振りで伝えてくるが、わからないことはさっさと明らかにしたい派なのだ。
【何がしたい、とは】
「勝手に私を呼び出したり、シャノンのコアパーツをとったり捕まえようとしたり、意味わかんないんだけど。結局、あんたは何がしたいの?」
【シャノン――該当事象を検索……ああ、SYANON00002のことですか】
テルタニスは聞きなれないアルファベットと数字を並べながら触手をシャノンの方へとうねらせる。シャノンが身構え、ダグがシャノンを庇うように前に出た。
だが触手は変わらずうねうねとしているだけで、ダグとシャノンを捕まえようとする動きは見せなかった。
【私は、この国をより良いものにするようプログラミングされています】
AIはチカの疑問に対し、静かに言葉を重ねていく。
白玉は相変わらずうねっていた。人間でいうところの貧乏ゆすりのようなものなのかもしれない。
【そのための材料を揃えている最中なのです。アルカ連邦国家をより高みへと押し上げるための材料を】
「材料? 材料が、私やシャノンのコアパーツだっていうわけ?」
【SYANON00002の事象は非常に興味深いのです。初期型で自ら命令回路を破損させるものは今までありませんでしたので】
そう言えば、さっき研究対象という言葉を聞いた気がする。口ぶりから考えるに、シャノンのコアパーツ自体でなく、シャノンの観察が目的ということだろうか。
どちらにしろ気分の悪くなる話だ、とチカはテルタニスを鋭い目で睨む。その高みとやらのためにシャノンは命をすり減らし、ダグは苦しんでいるのだから。
【ですがあなたが今すぐに戻っていただけるのなら、それは喜ばしいことです。大急ぎで研究と像の製作の準備を】
「余計なお世話! 戻る気もエネルギータンクも像になるのも全部お断り!」
【それは残念です。ですが心変わりしましたら是非。私たちはいつでもあなた方をお待ちしています】
「うっさい! そんな気ないって言ってんでしょ!」
怒りに任せてチカはステッキを突き出す。前は実体がなかったが、こうして目に見える姿があるなら魔法が効くかもしれない。
「チカ、ビィィィィ――――ムッ……⁈」
光の柱は射出され、まっすぐに白玉へと向かう。
だがその時、チカの目の前で驚くべきことが起きた。うにょりと白玉が変形したかと思うと、チカのビームを弾いたのだ。
白玉の表面に焦げと抉れた跡を残しながら、テルタニスは平然と言う。
【損傷――五十パーセント。解析、引き続き継続】
「なっ……⁈」
【やはり、魔法というものは侮れませんね。対策は十分にしたはずなのですが、まだ無効化するには至らない】
「っ、おい、引くぞ! 分が悪すぎる!」
起きたことが信じられず、混乱するチカをダグの声が呼び戻す。気が付けば、彼女はダグとシャノンのふたりに手を引かれるようにして走っていた。
テルタニスは追ってこない。ただ逃げていくチカ達を観察するように、じっと白玉は動かずにいるばかりだった。
【待っていますよ。あなた方が、自らこちらに飛び込んできてくれることを】
AIがそう口にした言葉が、静寂を取り戻したゴミ捨て場に落ちていった。
※※※
急いで慌てて巣へと転がり込んで、色々と不注意だったことは認めよう。けれど、こうなるなんて誰が予想できるだろうか。
チカは今の自身の状況に頭を抱えた。
「……どうしよう、これ」
具体的に言うのであれば、自分の腰に引っ付いて離れない青髪に困り果てていた。
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