最低最悪の横槍
45、創造主のやり方
静かであったはずのゴミ捨て場は混沌としていた。方々から悲鳴とも雄たけびとも聞き分けられない叫び声が上がり、ガラガラとゴミ山が崩れる音が聞こえてくる。どこかで「かかってこいやぁ――!」と誰かが吠え、それに「上等だコラァ!」とダグが反応する。猫はちょこまかと駆けまわり、寄ってくる機械化人間たちにミサイルの雨を降らせる。
轟音、悲鳴、咆哮。どこからも上がる砂埃に衝撃に崩れる瓦礫。
もはやここはゴミ捨て場ではない。戦場であった。
「――――ぐ、ぅぅゥ……!」
「無理に起きない方が良いよ。本気で殴ったからさ」
青髪は瓦礫の中から何とか体を起こそうとし、だがよろめいて体勢を崩す。それにステッキの先端を向けながら、チカは静かに言い放った。服の上からでも分かるほど腹部はへこんでいるし、衝撃を無理に受け止めようとしたせいか右腕がおかしな方向に曲がっている。うまく立ち上がれないのも、無理はない。
苛立ったようにこちらを睨んでくる紫の目を、チカは冷静に見返す。
「分かったらさっさとお仲間引き連れて帰ってくれない?」
「人、間風情ガ、オレに、命令、する、ナ!」
「その人間風情に吹っ飛ばされたのはどこの誰よ」
「ッ――……なら、何故、とどめを刺さなイ」
「向かってくるならまだしも、抵抗できない相手をいたぶるのは趣味じゃないの。あんたと違ってね」
生意気にも言い返してくる男にそう返せば、青髪は心底悔し気に唇を噛む。つくづく表情豊かな男だった。
「ギ、ギル殿。こいつらは我々の想像以上です!」
微妙な沈黙が落ちたふたりの間に、機械化人間のひとりが転がり込んでくる。ミサイルの爆撃に巻き込まれたのだろう。焦げた臭いをまといながら、機械化人間は黙ったままの青髪に縋り付く。チカのことは目に入ってはいたが、気にする暇などないようだった。
機械化人間は動かない青髪の傍に座り込み、肩を貸しながら言い聞かせる。
「これ以上は無理です。ここは、撤退を――」
「ほら、お仲間もこう言ってることだし」
これでやっとこいつらから解放される。ゆっくりとシャワーを探して、戻って休める。
だが、チカがそう思った次の瞬間だった。
「邪魔、するナ」
「――ぁ、ぐっ、が⁉」
機械化人間の身体が、ぶらりと宙に浮かぶ。その光景にチカはぎょっと目を見開いた。
「ちょっと、何してんのよ! あんたの仲間なんでしょ!?」
頭を鷲掴みされた機械化人間が首にかかる負荷と、掴まれる痛みに苦悶の声を上げる。だが、苦しんでいるのがわかっても、持ち上げている当の本人は手を離そうともしなかった。
それどころか手に人間をぶら下げたまま、青髪はぶつぶつと早口に口を動かすばかりだ。
「オオオオオオレ、オレは、テテテテルタニス様の作った傑作なんダ、失敗、なんテ、あっては、いけないんダ!」
「ぐっ……ぎ、ギル殿、どうし、て――ギャァッ⁈」
そして、まるでゴミでも投げ捨てるかのように機械化人間はいともたやすく壁へと叩きつけられる。
青髪の様子はどう見ても、普通ではなかった。
「ぎっ、ギル殿! 一体、何をっ⁉」
騒ぎを聞きつけた他の機械化人間たちが振り返り、チカと同じようにぎょっとした眼差しを青髪へと注ぐ。だが、彼らの困惑した声もどうやら届かないらしい。
青髪は身体をギシギシと軋ませながら顔を動かす。
その目はまっすぐに、チカだけに向けられていた。焦点は合っておらず、見ているだけで不安になるような揺れる瞳がこちらを覗き込んでくる。
まとわりつくような異様な執着に、チカの背中を冷汗が濡らした。
「邪魔するナ、邪魔するナ、邪魔するナ! オレはっ! テルタニス様のためにこいつらを始末するんダァァァァァァッ!」
ボリューム調節機能が壊れてしまったように声の強弱はぐちゃぐちゃで、とてもじゃないが聞いていられないような叫びだった。
青髪はうまく動かない身体を引きずるようにして、しかし腹にダメージを負ったとは思えないスピードで、猛然とチカへと向かってくる。
向って来るならやるしかないか、と魔法少女はステッキを向け――
【誰が始末をしろ、と命令しましたか?】
ふっ、と視界が暗くなった。
巻き付く。無数の白い管が、青髪の手を、足を巻き取って、持ち上げる。見覚えのある、忌々しい機械の触手が青髪を瞬く間に拘束していく。
聞きたくない声がした。聞くだけで、苛立ちが止まらない声が頭上高くから聞こえてくる。
「な、んで、あいつが、ここに……?」
『おっと、テルタニスは想定外じゃ。ここらで退散退散っと』
呆然とした様子でダグが言い、皆が見上げる中を黒猫がそそくさと走り去っていく。
誰もが、予想だにしていなかった登場にぽかんと口を開け、目を丸くして、空を見つめている。
塊が、あった。四角く切り取られたゴミ捨て場の空を覆うように、真っ白な塊が浮かんでいた。
それは丸くつるりとしていて、何も知らなければ巨大な白玉が浮かんでいるだけに思えるだろう。だがその白玉は、あの忌々しいテルタニスの声を響かせながら、体から伸ばした無数の触手で青髪を拘束している。
また、あの無機質な声がした。
【答えなさい、GIRU00252。命令は対象の確保。彼女に関しては監視と指示していたはずです】
「テ、ルタニスさ、マ――」
【誰が、研究対象を、貴重な資源を消滅させろと命じましたか? 何故、違反を犯したのです】
ぎし、と青髪の腕が嫌な音を上げる。青髪の口が何かを言おうとパクパク動き、触手の隙間からかろうじて動かせる手を、男は目の前の白玉へ向かって伸ばす。
幼子が、親へとすがるように。少なくとも、チカにはそう見えた。
「オレ、オレ、は、あなたの、創造主様、のお役に、たたなければ、と思っテ、たたなければ、存在価値なんて、オレには、なイ」
【――GIRU00252】
「テルタニス、様、オレ、オレは、助けに、なりたイ、あなたの、一番ニ」
【……ああ、なんということでしょう。あなたの感情機構は試験的に強くしたものでしたが】
テルタニスの声は無機質だったが、どこか慈しむような響きがあった。まるで成長したことを喜ぶように、テルタニスは高く高く青髪を持ち上げる。
【感情機構を強くしたばかりに、命令回路が強く効きすぎてしまったのですね。私のために、自分から命令を書き換えてしまうほどに】
「テルタニス様、オレ、オレは、あなたの、お役に、一番に、なれましタ、か?」
【機械化を施した皆様に手を出さないと言う禁則まで破って、ああ、なんて、なんて素晴らしい――――】
高く高く高く高く、青髪は持ち上げられて。苦しいはずなのに男は、酷く幸せそうな顔をしていて。
【なんて素晴らしい失敗作なんでしょう】
けれどそのひと言で、男の顔は瞬時に絶望へと変わった。
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