44、怒りの拳を叩きこめ

 まず仕掛けたのはチカの方だった。


 ステッキの先端を突き出した状態で突撃しながら、チカはゴミ捨て場全体に響き渡る声で叫ぶ。


「チカビィィィ――――ムッ!」

「何度も何度も同じ手が通用すると思うナッ!」

「えっ、うわっ⁈ 何その動きっ!」


 瞬間、発射される光の柱。しかし男は人間では到底真似できないような不自然な動きでそれを躱す。

 骨が折れないとそこまで曲がらないだろうという位置まで腰を曲げた状態から、男は不気味に笑いつつ体勢を戻す。びっくり人間でも見ているような気分だった。


 だが身体の構造に驚いている暇などない。耳まで裂けるような笑みを浮かべて、青髪は手をこちらに向けてくる。

 その瞬間、チカの前から男が消えた。


「充填ッ――」

「っ!」


 すさまじい加速スピードだった。いつの間にか懐に潜り込んだ青髪が、チカの腹に手を当てている。


 これは、まずい。


 凶悪な光を宿した紫の目が、獲物を仕留めたと言いたげに弧を描く。


「吹き飛べ、反逆者ガッ――!」

「―――ぐ、ぅっ!」


 反応が遅れ、視界が吹き飛ぶ。胃の中がひっくり返るような、酷い衝撃だった。


 チカは衝撃に耐えきれずに後ろへと吹っ飛ぶ。だが、その身体は壁へと叩きつけられる前に横から飛び出したシャノンによって受け止められた。

 ザザザッと、殺しきれなかった衝撃で足元から砂埃をあげながら、シャノンがいつもより早い口調で声をかけてくる。


「着弾を確認。チカ、今すぐに手当を――」

「……あー、大丈夫大丈夫。ありがとね、シャノン」

「無事、なのですか?」

「結構丈夫なのよ」


 だが、チカは何事もなかったように砂煙の中から立ち上がった。驚いたように目を瞬かせるシャノンの声を聞きながら。

 チカは己の腹に手を当てる。衝撃による傷はあるものの、ゼロ距離から砲撃を受けたとは思えない状態だった。


 魔法で編まれた服は、いわゆる防護スーツのようなものだ。攻撃を出来る限り吸収し、魔法少女の肉体を守る。フリルやリボンで飾られた可愛らしさからは想像できない程の耐久力を持っているのだ。


 しかしそうは言っても攻撃を完全に無効化出来ると言うわけでもなく、ダメージは残ってしまう。

 未だジンジンと痺れるような痛みを見透かされないよう、不敵な笑みを浮かべながらチカは見張った紫の目を睨み返してやった。


「なっ――、何故ダ。確かに、オレは当てたはズッ!」

「生憎ね、魔法少女ってのは特別なのよ。残念だけど痛くもかゆくも無いのよね」


 本当は、プールに全力で腹全体を打ち付けた様な苦痛があったが、こういうのはハッタリが大事なときもある。


「くっ、エネルギー砲をあんな距離から受けたと言うのニ、貴様本当に人間カ?」

「失礼ね。バリバリ人間よ」

 

 隙を見せてはいけないというのは、チカが魔法少女として活動している時に学んだ大切なことのひとつだ。弱みを見せたら最後、相手はどこまでもそこを執拗に狙ってくる。

 だから、魔法少女は笑うのだ。たとえ今、膝を付きたいほど痛くても。


「チィッ、次こそハ――!」

「そう言えば、ダグをずいぶん殴ってくれたわね」


 ダグの腫れた頬を思い出す。何度も殴られ、変形し、血を流していた顔。

 ここに来た時、シャノンには傷はなかった。何度も抜け出そうとした痕跡はある。けれど、殴られたとか、そんな傷は一切ない。

 ダグが守ったのだ。お世辞にもかっこいいと言える方法ではなかったけれど、シャノンに手が出されないよう、身体を張った。


 そういう強さを、チカは好ましく思う。そしてそれと同時に、その覚悟を嬲るような暴力を嫌悪する。


「……鉄よりも固く、風よりも早く。強化魔法、付与」


 口の中でそう小さく呟きながら、チカは自身の手足に魔法をかける。途端、手を覆うように現れるオレンジ色のバンテージと、同じように足を包み込む踵に羽根のついたブーツ。


 これを初めて見せたとき、魔法少女仲間から「そんな魔法の使い方をする奴があるか」と怒られたことを思い出す。全然可愛くない、魔法少女らしくないと。

 けれど、これぐらいわかりやすい方がチカは良かった。それに、魔法少女は絶対に「それらしい」戦い方をしなきゃいけないなんて決まりはない。

 

 チカは、愛と平和の魔法少女だ。けど、そんな魔法少女が拳で戦ってはいけないなんてことはない。

 それに、この魔法はこういう相手にこそ叩き込みがいがあるのだ。


「ね、無抵抗の相手を殴るのは――、そんなに楽しかった?」


 瞬間、チカは風よりも早い速度で青髪に突っ込んでいく。オレンジ色の髪が流星のように後ろに流れ、鮮やかな輝きがその場にいる者たちの視線を奪った。

 

「――ァ?」


 懐から見上げる青髪は、実に間抜けな顔をしていた。何が起きているのか分からないと言いたげな、加速した世界の中で紫の目がゆっくりとこちらを見るのがわかる。

 チカは両手に装着されたバンテージを固く握りしめた。


「マジカルゥ――ッ、ボクシィィ――ングッ‼」


 そして、魔法をまとった目にもとまらぬ速さの両拳を容赦なく男へと叩き込む。

 左ジャブ、脇腹へのフックからの右ストレート。

 目で追えないものを避けることなんてできるわけもない。


「ぐ、ガッ、アァ――――ッ⁉」


 頬、脇腹、そして腹の中央。

 力を込めた渾身の一撃たちを真正面から浴びた青髪は、最後の右ストレートを腹へと食らうと、身体をくの字に曲げながら後ろへと吹っ飛んでいき、壁へと激突した。

 衝撃で壁は陥没し、辺りを砂埃がもうもうと舞う。


 その中で仁王立ちしたチカは鼻を鳴らして言った。


「お返しよ、ばーか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る