42、猫とミサイル

「……クロスケ、喋った? ひょっとして」

『あー、違う違う。猫じゃなくてな。そいつを介しとるだけじゃ』


 もしかしてこの世界では動物が普通に話すのか、というファンタジックな想像が一瞬膨らみかけるが、どうやらそれは違ったらしい。


 声の主はクロスケ自身ではなく、クロスケを通してこちらに話しかけてきているようだった。幼い少女のような声だが、その口調はどうしてか妙に年寄りめいている。


「クロスケを? え、でもスピーカーとかついてなかったけど」

『そりゃそいつは吾輩が開発したペットロボットじゃからな』

「は? ロボットぉ⁈」

『想定以上の反応感謝する。吾輩の発明じゃ。会話機能ぐらい標準装備じゃて』


 当たり前にそう言われても頭がおいつかない。クロスケの抱き心地も、手触りも柔らかさも暖かさも、確かに生きている猫のそれとしか思えなかった。それが、ロボットなんて。

 けれど、それならチカをこのゴミ捨て場まで案内してくれたことも納得できる。クロスケはただの猫ではなく、人が操作しているロボットなのだからわかって当たり前だったのだ。


『いやーお嬢さんが道で迷ってるのを見た時はどうしようかと思ったがの』

「……ひょっとして、案内してくれたのもあなた?」

『この新型KURO500には遠隔操作機能もついているからの。ついでに安心安全カメラ付きじゃ』


 どうやら異世界のペットロボットは随分高性能らしい。

 迷子のことを知られていることに若干の気恥ずかしさを感じたチカだったが、いかんせん今はそんなペットロボットの営業トークを聞いている暇はなかった。


「で、あんた何なの。案内してくれたことにはお礼を言うけど、今忙しいから話し込むなら後にしてほしいんだけど」


 幸いにも青髪たちは手を止めていた。どうやらクロスケもといKURO500をチカたちの援軍か何かかと勘違いして勝手に警戒しているようだ。

 だがいつ攻撃を再開してもおかしくないだろうとチカはステッキを握りしめる。


『吾輩は……そうじゃの。適当に「おもちゃ屋」とでも呼んでくれ』

「は? おもちゃ?」

『まあ訳あって大っぴらに名前が出せないんじゃ。怪しいだろうが今はこれで勘弁しとくれ』


 おもちゃ屋、と名乗った謎の声はくるりと周囲を見渡してから『しかし』と言葉を続けた。争いの真っ只中だというのに、ぴんと張ったひげが暢気に風でそよそよと揺れている。


『吾輩はお嬢さんと話がしたかったんじゃが、どうやらそんな暇はなさそうじゃな』

「見てるんならわかるでしょ。今取り込み中なの」

『そんなに忙しいなら、お嬢さん。猫の手を借りる気はないかの?』


 そう言うとクロスケが誘うように前足をちょいちょいとチカに向って揺らす。愛らしい仕草だがきっとおもちゃ屋が中で操作しているのだと考えると微妙な気分だった。


『今なら新型の開発テストを兼ねてるからの。無料サービスじゃ。悪くない話じゃと思うがの』

「そりゃ、助けてくれるっていうならこちらとしてもありがたいけど」

「……おい、もしかしてあんたそんな怪しい奴の言うことに乗っかるつもりじゃねえだろうな」


 願ってもない申し出に、チカは少し考える素振りを見せる。が、顔を顰めたダグが答えを待たずにチカ達の会話に割って入ってきた。

 顔の痛みだけではないのであろう渋い顔をしながら、ダグは胡散臭げに黒猫を睨んでいる。


 しかし当の本人はそんな視線など気にもしていないと言いたげに『ふん』と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。 


『なんじゃ小僧。お嬢さんがたに守られとるだけの癖に、いっちょ前に意見だけする気か?』

「なっ……」

『今はそんな贅沢を言ってる場合じゃないなと思うがのう。使えるもんは使っとかんと、損するだけじゃろ』


 痛いところを突かれたと思っているのか、ダグはおもちゃ屋の一言に黙り込んでしまう。ダグなりに、この状況に対して思うところがあるようだ。


 ダグの言いたいこともわかる。確かにこのおもちゃ屋と名乗る人物は怪しいし、正直言葉通り信用していいのかも分からない。


「わかった。その無料サービスっての、受ける。」

「……あんた」

「だって、出来るならこれ以上嫌な思いせずに帰りたいじゃん」


 だが今は文字通り、猫の手も借りたい状況なのだ。全員が無事に帰ろうと考えるなら、尚のこと。


『ふふふ、よかろう! その言葉を待ってたんじゃ!』


 チカの言葉に満足したのかおもちゃ屋が機嫌よく笑うと、クロスケは青髪たちに対して威嚇をするようなポーズをとった。

 自慢げな声が高らかに、ゴミ捨て場の中に響き渡る。


『吾輩の発明の素晴らしさ、とくとその目に焼き付けるといいぞ!』


 おもちゃ屋がそう言った途端、クロスケの背が車のトランクのように開き、ペットロボットから見えていいはずがない、まるで巨大な銀のクレヨンのような見た目をしたミサイルがずらりと顔を覗かせる。

 あまりに異質な光景に、機械化人間も青髪も目を白黒させていた。


「お、おい、そいつ、何をしテ――!」

『行くぞ、発射――っ!』


 そして無情にもそのミサイルは号令と共に発射され、ゴミ捨て場には立て続けの轟音と、悲鳴が飛び交った。

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