41、激突、ドールの策略
ある者は驚いたように目を見開き、ある者は自身の置かれた状況に気づき、悲鳴を上げていた。
チカはバラバラに降り注いでくる驚愕と恐怖の雨を浴びながら、機械化人間の手から衝撃で放りだされたシャノンに向って叫ぶ。
「シャノンっ! 今の内!」
「――了解しました、チカ」
チカの言った意味を、シャノンはすぐに察したらしかった。
力強く頷いたシャノンはすぐさま腕の拘束を引きちぎる。それと同時に同じく宙に投げ出されたダグを素早く抱えると、シャノンは隆起した地面の頂点を蹴ってチカの元へと飛ぶ。
だが、青髪の男は執念深かった。集団の中でも一番高くまで打ち上げられていたはずの男は、俊敏に隆起した地面から地面へと飛び移り、シャノンたちを逃すまいとその後ろ姿に手を伸ばす。
「っ! 逃がすカッ! ここまで来て、オレは、テルタニス様のためにっ……!」
「あんたの相手は、こっち!」
「――っ!」
しかしその手はステッキから出た光に阻まれる。
いきなり発射されたビームに仰け反り、男は憎たらし気にチカを睨みつける。チカが追い打ちをかけるように「ざぁんねんでしたぁ」と中指を立ててると、男は怒りに歪んでいた顔ををさらに歪ませた。
「私を相手によそ見してる暇、あるの?」
「ぐっ……! 女! またお前カッ!」
「女じゃない、チカ。いくら馬鹿でも私の名前ぐらい覚えられるでしょ?」
「チカ、チカ、チカ……! 覚えたぞ、小賢しい人間のメスがァッ!」
「口も頭も悪いのね」
ビキビキと青筋がたちそうな表情をしている男を前に、チカは煽るように言葉を続ける。すると目論見通り、青髪はシャノンたちからチカの方にターゲットを移した。
今にも飛びかかってきそうな視線に焼かれながらチカはシャノンたちの方をちらりと確認する。
無事に機械化人間集団からの脱出に成功したシャノンは、慣れた手つきでダグをそっと地面に下していた。まだ痛みがあるのか、ダグはふらふらとした足取りをしているが、どうにか意識はあるらしい。シャノンに支えられながらではあるが、なんとか立てている。
「お、い、あんた、何でここに……」
「あー、その話は後後。そんなこと話してる場合じゃないでしょ」
口の中の痛みに顔を顰めながら、ダグが声を上げる。だが、チカがそれを遮った。チカはこちらを睨んでくる青髪から目を離さないまま、ダグに尋ねる。
あの男の執着は、ちょっと普通ではない。こちらを睨みつけてくる表情なんて、今すぐに噛みつこうとしてくる狂犬そのものだ。ドールのせいか妙に顔面が整っている分、表情が生々しくて不気味である。
「で、こいつら何? テルタニス様だなんだか言ってるから、どうせロクな奴じゃないんだろうけど」
「……っ、その青い奴はシャノンと同じドールだ。どうやら、俺たちは泳がされていたらしい」
やっぱりか、とチカは肺の底を全てぶちまけるレベルのため息を吐いた。薄々気づいてはいたが、やはりあのAIの差し金らしい。あれは一体どこまでこちらを引っかきまわせば気が済むのか。
頭の中であのムカつく無機質な声が「それが最善でしたので」なんて澄ました様子で言ったのが聞こえた気がして、チカはぴくぴくと頬をひきつらせた。
まったくもってあのAIはこちらの嫌な事ばかりをしてくる。
「……悪い、俺の読みが、甘かった」
「ふーん、泳がされてたねぇ。捕まえられなくて困ってたの間違いじゃない?」
「っ貴様ァ! 許さん、許さなイ! テルタニス様をこれ以上愚弄するなァッ!」
「あーうるさいうるさい! そんなにテルタニス様が好きなら帰ってさっさと泣きつきなさいよ! 『僕じゃ捕まえられませんでしたテルタニス様たすけてー』って!」
「黙レ黙レ黙レッ! テルタニス様の命令は絶対ダ! 絶対に、オレが、成し遂げなければいけないんダァァァァァッ!」
ここまでくると目が血走っていないのが不思議なほどの表情だった。耳に優しくない叫びを上げながら、男は右手を突き出す。微かな機械音と共に、手のひらの中央部分に不自然に丸く穴が穴が開いた。
男はそれをまっすぐチカの頭へと向ける。口が不気味に弧を描き、その表情を見たチカの首の後ろに、ぞわりと鳥肌が立つ。
こいつ、何かする気だ。
「充填、完了ォ……!」
「っ! シャノン! ダグを連れて、早くここからっ」
「遅いッ! 死ねェェェェ――ッ!」
絶叫にも似た叫びを上げながら、青髪の手に光が集まり、発射される。
標的はチカではない。その後ろだ。
「こいつっ!」
咄嗟にチカが間に体をねじ込み、互いの間に防御壁を展開する。チカのビームにも似たその光はあと少しのところで半透明の盾に弾かれ、跳ね返った地面を代わりに抉り取っていった。
もし、あと少し遅かったら。自分が避けていたら。
そんな嫌な考えが頭をよぎり、チカは男を睨みつける。こいつはわざとシャノンたちを狙ったのだ。恐らく、そうすれば自分が庇うと気づいて。
思った通り、青髪の男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。思い通りに行ったことを喜ぶ、サイコパスの笑み。
「やはり、やはりだ、女ッ! 忌々しいが、お前は強イ。だが――――」
「……思ってた以上のクズだね、あんた」
「ひ、ひひヒッ! これで役に立てル。オレが、オレだけが、テルタニス様のお役ニ!」
青髪は言いたいことを並べると恍惚とした笑みを浮かべて己の世界に浸っている。その目の先にはチカではなく、傷ついたダグとそれを庇うシャノンの姿。
チカが狙えないのなら、その周囲を。魔法少女の攻撃が崩せないのなら、攻撃が出来ないようにその周りを狙い続ける。
三下らしい考え方だ。だが、今に至ってはその効果は抜群だった。
顔面が腫れたダグはお世辞にも役に立ちそうになかったし、シャノンは人間相手には戦えない。つまり機械化人間には無力だ。それをわかっているのだろう。ようやくチカの魔法から正気に戻ったらしい機械化人間たちが、シャノンらを囲む輪を小さくしている。
コアのこともある。シャノンは長く戦わせない方がいいだろう。
するとつまり、チカがこの人数を相手にする必要がある。容赦なく背後のふたりばかりを狙ってくる相手の未知の攻撃をさばきながら、だ。
「ほらァっ! 守って見せロッ! 反逆者ッ! いつまで持つか、見ものだナァ!」
「――――寄るなっ!」
真っ先に後ろのふたりに飛び掛かっていった機械人間をビームでけん制しながら、青髪のビームもどきを盾で防ぐ。そうしている間にも次の機械化人間らがシャノンを狙ってくる。
嫌な戦いになった、と冷静に対処を繰り返しながらもチカは焦りを感じていた。
恐らく青髪と機械化人間は似たような攻撃を繰り返してくるだろう。チカに真正面から立ち向かわず、背後のふたりを徹底的に狙った絡め手。このやり方はすぐに効果が出ずともじわじわとチカたちを追い詰めいていく。
そしてチカが対処しきれなくなったとき。そのときが青髪たちの狙いなのだ。
真正面から向かって来るなら正面から叩き潰せばいい。だがこいつらはそれを決してしない。ふたりを狙い続け、チカに隙ができるのを待っている。
正直、苦手な戦い方だった。やりづらいし、相手をとらえにくい。するりするりと手の間を抜けていくような戦いは苛立つばかりだ。
どうしよう、もしかしたら守り切れないかもしれない。なんてチカらしからぬ弱気な考えが少しずつ頭をもたげ始める。しかし、そのときだった。
『大変そうだなお嬢さん。手を貸そうか?』
「ええ大歓迎! 今は本当、猫の手も借りたい―――って、え?」
いきなり会話に割り込んできたのは、余裕のある涼やかな、知らない声。
その声に反射的に答えてしまってからチカは驚いて辺りを見渡す。だが、周囲に声の主らしき人間の姿は見えない。
けれど、一匹はいた。見知った黒の毛並みの尾が、チカの足元で優雅に揺れる。
「え、クロスケッ⁈」
再び目の前に現れた黒猫は、緊迫した場面にそぐわない「にゃあ」なんて暢気な鳴き声を上げた。
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