魔法少女VS新型ドール

40、魔法少女、怒る



 ※※※



「――――ガッ⁈」


 青髪はチカのつま先が側頭部にめり込む寸前に片腕で頭を庇ったらしい。それでも衝撃を逃しきれなかったようで、男は右腕を顔の前に上げたままよろめくように後ろに後ずさった。


 紫の目が驚いたようにこちらを見つめている。当たり前だろう、いきなり飛び出してきた見知らぬ相手が頭目掛けて蹴りを放ってきたのだから。

 だが、今のチカにそんな相手の気持ちを考える余裕などない。


「な、お、お前ッ――!」


 ようやく事態が飲み込めたらしい青髪の言葉に答えないまま、チカは蹴りを入れた反動を使って宙でくるりと一回転し、体勢を立て直す。オレンジの長髪が、今起きている苛烈な襲撃など嘘のような優雅さで空中に円を描いた。

 相手が何を考えているのかも、どうしてそうなったのかも、魔法少女は聞かない。男の連れているふたりの状況を見れば、説明など不要だった。


 ダグの腫れあがった顔見て、シャノンの縛られた腕を見て、チカは無言でステッキを構える。

 標的は、青髪の男。

 チカの魔法少女としての勘が警鐘を鳴らす。

 こいつは、敵だ。


「出力、最大」

「っ、お前ッ何を──!」

「チカビィィィィィ────ム!」


 ゴオッと魔法らしくない凶悪な音と共に、巨大な光の柱がステッキの先端から射出される。チカはその反動で地面へと着地しながらも男から目を離さない。


「っぐ、この膨大なエネルギー反応は何なんダ!?」


 男は転ぶように地面に伏せ、チカからの攻撃をかわす。ビームで焼け焦げた青い髪が、焦げ臭い臭いを放つ。


 ぎらついた紫の目が宙でオレンジの視線と交わった。


「ギル殿っお下がりください! この女は危険だと」

「黙れ人間! テルタニス様以外がオレに指図するナッ!」


 周りの機械化人間たちが青髪を宥めるような言葉をかけている。だが、ギルと呼ばれた青髪は興奮するばかりでその忠告を一切聞こうとしなかった。それどころか止めようとした手を押しのけて、チカに向って噛みつくように叫ぶ。


「おい、反逆者! いいカ、仲間をぐちゃぐちゃにされたくなかったらなァ、大人しくテルタニス様の元に――」

「うっさい」

「……は?」


 だが魔法少女はその叫びを一刀両断する。

 目を見開く男を前に、チカは手の中で回転させたステッキを振りかぶる。


「あんたのいうことなんか聞きたくないし、聞く気もない」

「……聞こえなかったのカ? 言うことを聞かなければお前の仲間を――」


 チカの目に映るのは青髪の訝しむような表情でも、後ろで慌てふためいている機械化人間たちでもなかった。見えるのはダグの顔から鮮烈に滲む、赤色だけ。

 ダグはぐったりとした様子で機械化人間に身体を預けていて、改めて見てもその顔は酷いものだった。何度も力任せに殴られたのであろう頬は痛々しく腫れあがり、赤黒く変色した痣が彼の顔を更に悪く見せている。恐らく殴られた際に頬の内側に歯が当たって切れたのだろう、半開きになった唇から雨漏りのように血が垂れては地面を濡らしていく。


「もう手ぇ上げてんのに、寝ぼけたこと言わないで」

「……ああ、これのことカ?」


 だが、青髪は笑った。あろうことかチカの言葉を聞いて尚、その怒りをあざ笑うように口の端を吊り上げて、ダグの前髪を掴んで無理やり持ち上げる。

 赤が、飛沫となって前に飛んだ。衝撃にダグが小さくうめき声を上げているのが聞こえて、チカは声を荒げた。


「っやめて! 今すぐ、その手を離して!」

「何ダ、これぐらいで大げさナ。これは躾ダ」

「……躾? この暴力が?」

「ああそうダ。だって、当たり前だロ?」


 けれど青髪の男は、チカの言葉の意味がわからないと言いたげに首を傾げる。汚いものでも持ち上げるような手つきでダグの髪を掴んだまま、乱暴に揺さぶった。赤色が散るたびにシャノンがもがき、それを機械化人間が押さえつけている。

 まるでこうすることが当たり前だとでも、自分の正当な権利だとでも主張するようにその暴力の痕跡を、男は「躾」と言い切った。


「テルタニス様に失礼な発言をした、反逆者への罰ダ。下等生命体が、この程度でギャーギャー喚くなヨ」


 その言葉が理性へのトドメだった。


「……あんた、全然わかってないみたいだから教えてあげる」

「あ?」


 頭の中で何かがブチブチと千切れる音を聞きつつも表情には出さず、チカは深く息を吸って、意識を集中させる。振りかぶったステッキの上に、体の力を集めるイメージで。


 次第に、ステッキの輝きが増していく。


「私さぁ、ごちゃごちゃ躾とか当たり前とか並べ立てて、勝手に自分の中で正当化するその考え方――最ッ高にムカつくの」


 チカはそこまで言って、軽くステッキを振った。途端、こそこそと逃げ出そうとしていた機械化人間たちの足元を光の帯がすくい上げ、そのうちの何人かが悲鳴を上げながら地面へと転がった。誰一人だって、逃がす気などない。


「地を這うもの、弾けて、吹き飛べ」


 ようやくダグの髪から手を離した青髪を見て、チカは思う。今さら言う通りにしたって遅いのだ。

 何をする気だと警戒を強める男たちの前で、魔法少女はステッキを両手で大きぐるりと回した後、底でこつんと地面を叩き、吠えるように唱えた。

 

「――グランド、プロジオン」


 唱え終わったと同時に、彼女の魔法は発動する。ゴゴゴゴゴゴという唸りを上げる地鳴りのような音は、ただの前振りに過ぎない。


「な、んダ――っ⁈」


 その地響きに男たちが慌てるのも束の間ことだった。

 次の瞬間、彼らはいきなり盛り上がった大地に勢いよく跳ね飛ばされ、事態を飲み込めないまま、その身体を宙に浮かせていたのだから。

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