39、人間嫌いのドールに一撃
頭が痛い。骨が痛い。視界がぐらつく。ガンガンと音がうるさい。
遠くでぼんやりと「ダグ!」と呼んでくるシャノンの声が聞こえた気がしたが、ダグに答える元気はなかった。首はだらりと垂れ下がり、半開きになった口からは絶えず血が流れ落ちている。
「……テルタニス様がお前たちを見逃しているとでも思っていたのカ? 泳がされていただけだ、馬鹿な反逆者ガ」
語気を強めながら男が言う。ずいぶんと興奮した様子で、その手からはダグの血がぽたぽたと滴っていた。
周囲の人間が力なくぶら下がるダグを見て「ギル殿、それ以上は死んでしまいます」と男を諫めるが、凶暴にぎらついた紫の瞳に言葉を詰まらせてしまう。
「あの女を逃したのはわざとダ。ただの人間に後れを取るなど思っていないが、テルタニス様が手を出すなと言ったからナ」
ぼんやりと聞こえる言葉にダグは薄ら笑いを浮かべる。
どうやらテルタニスはずいぶんとチカを警戒しているらしい。国を支配する神とまで崇められるAI様が、ただの女ひとりにビビっているというのはダグにしてみれば笑える話だった。
だがその笑い方がテルタニス至上主義のドールの癇に障ったのだろう。男が再びダグに向って拳を振り上げる。
「……やめなさい。それ以上は死んでしまう」
しかしその拳は振り下ろされることなく、宙でピタリと動きを止めた。
「黙ってロ、欠陥品の旧式ガ」
「
男はシャノンの言葉に忌々し気に舌打ちをすると、こちらに背を向けて吐き捨てるように言った。
「……チッ、お前も許可が下りればすぐスクラップにしてやるからナ、旧式。テルタニス様が調べたいと命じてなければお前なんテ……」
男は血の付いた手を拭きながら、不満をブツブツ呟きつつまた歩き始める。機械化した人間たちは何も言わなかったが、心のどこかでこれ以上は本当に殺しかねないと思っていたのだろう。どこかほっとしたような空気が漂っていた。
再び歩き始めた集団に揺られていると、シャノンがそっと声をかけてくる。表情はいつもと変わらないのに、声だけで怒っていると分かるのが不思議だった。
「ダグ、不要な発言は控えてください。これ以上の損傷はあなたの生命に関わります」
「は、あいつはずいぶん、テルタニスを慕ってるんだな。見ていて、怖いぐらいだ」
そう言うとシャノンの目がちらりと前を行く男を見る。青髪は苛立ったように何度も指先を拭いながら未だに「テルタニス様のため」と誰に言うわけでもないひとり言を、己に言い聞かせるかの如く呟き続けていた。
病的な仕草だった。シャノンは男の様子を観察しながら、言いにくそうに言葉を選ぶ。
「……同じドールの私から見ても、彼の執着は異常です。感情機構が何か関係しているのでしょうか」
「わからん。けど、どうやらすぐに処分されるわけでもないらしい」
そう、今重要なのはどうやってここから生き残るかだ。
ダグはまだ痛みでぼんやりとする頭を振って、どうにか逃げる道を考え始める。幸いにも今すぐにどうにかされる、というわけではないらしい。
だが、それにしてもふたりが置かれている状況は絶望的だった。情けなくも身動きが取れない状況で、
チカが状況を見て助けにくるかとも考えたが、それも難しい話だろう。何しろこの道は酷く入り組んでいるのだ。初めて来た人間が、迷わずに目的地にたどり着けるかすら怪しいのに、ダグたちのところに駆けつけられるわけがない。
やはり腕の一本は犠牲にしても、無理やり脱出を図るべきか。
端から無傷でどうにかなるとは考えていない。だがなるべくなら被害は抑えたいというのがダグの本心だった。
どうする。
頭の中がぐるぐると堂々巡りを始め、焦るばかりで一向にいい考えが出てこない。気づかない間に呼吸が浅くなり、ダグは自身を落ち着かせるために一度深く息を吸った。
と、その瞬間に視界が開け、いきなり射しこんできた光に目が眩む。
「あはははははっ! 実にあっけなかったナァ。反逆者の捕縛というやつは!」
聞こえるのはいつの間に機嫌を直したのか楽しげに笑う男の声だ。目的地に着いたのか、青髪の男はくるりとダグたちを振り返った。もうその手に血の痕跡は見られない。
男の体越しに見える風景から、どうやら場所は行くはずだったゴミ捨て場らしい。青髪のすぐそばにもブルーシートを被ったゴミ山が見える。
「まぁ、生意気な口がきけるのもここまでだナ。オレたちはここで今から、お前らをエサにあの女をおびき出ス。仲間が打ちのめされる様を、黙ってそこで見てるんだナ」
「……女の方には手を出すなって、言われたんじゃなかったのか?」
「興味をもっていらっしゃるようだったからナ。気の利いタ手土産ダ。きっト、喜んデ下さル!」
青髪はニヤニヤと笑いながらシャノンとダグの顔を見比べる。
計画が順番通りに進んでいるのが嬉しくてたまらないという表情をしていた。子供のようにも見える無邪気さの中に、気持ち悪くどろりとした感情が混ざった顔。それは酷く歪で、不気味である。
どうする、このままじゃ一網打尽だ。
そうダグが思ったとき。
「ダグ、います」
「……いるって、何が。俺らの天のお迎えか?」
唐突にシャノンが言う。その目は驚いたように丸く、青髪の傍を見つめている。
こんなどうしようもない状況であることもあって、ダグの返事は半ばやけくそ気味だった。だが、冗談交じりに返事をした後、ダグは次に聞こえてきた言葉に自分の耳を疑った。
「いえ、チカです」
「――は?」
チカ。聞き間違いじゃない。どうして? あの女が、なんで俺たちより先に。
言いたいことが次々と押し寄せて、ダグの口の中で大渋滞を起こしていた。何か答えようと口を開いても、驚きのあまり声を出すことができない。
そんなダグを置いて、シャノンは目を開いたまま事実を畳みかけていく。
「生命反応を確認。ここに、チカがいます」
その言葉を聞き終えた瞬間に、ブルーシートから飛び出した見覚えのあるオレンジが、青髪の頭目掛けて鋭い蹴りを放っていた。
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