38、囚われた二人と新型ドール
※※※
しくじった、とダグは己に舌打ちをする。腹が立つのはもちろん今この状況についてだ。
がっちりと後ろ手に縛り上げられた腕は動かすどころか緩めることも難しい。それこそ機械化している連中であれば肩の関節部分を外してどうにでもするのだろうが、生憎ダグは生身である。
ダグたちは現在進行形で捉えられ、運ばれている真っ最中であった。
「ふ、くくっ! っそれにしてもこいつらは本当に反逆者カ? テルタニス様の都市を歩いているなんて、大間抜けにも程があル!」
列の先頭を行く、青髪の男がおかしいのを隠し切れないとでも言いたげに笑う。それを聞いて後ろからぞろぞろと着いてくる、機械化した人間たちが「そうだそうだ」と賛同した。
「ええ、ギル殿。本当にその通りで。馬鹿な奴らです。反逆者なりに大人しくしておけば痛い目を見ずに済んだものを」
青髪のすぐ後ろで、ダグとシャノンを機械化した両腕で軽々と持ち上げた人間が、眉根を寄せながら言う。信じられないとでも言いたげな顔だった。
冷静になれとダグは自身に言い聞かせるが、耳障りな声が邪魔をする。勝ち誇ったような奴らの言い方が神経を逆なでしてしょうがない。賛同する機械化連中の声もだったが、特に真ん中の、青髪の男の調子に乗った笑い方が癪に障る。
縛られた状態でぎり、と歯噛みしているとこっそりとシャノンが囁きかけてきた。
「ダグ、私が肩部分のパーツを外して脱出を」
「駄目だ」
「……中心となるあの男は私と同じ
彼女なりの最適解をダグは即座に否定する。その解決策が結果的にどうなるか、やらなくてもわかっているからだ。
「それじゃお前が助からない。あの青髪は良くても人間を相手にどうする気だ?」
「ですがこのままでは」
「……ふたりで助からなきゃ駄目なんだ。絶対に」
シャノンは人間に手が出せない。正確には、人間に対する明確な敵対行動ができない。
何度もダグはその
だがシャノンは断り続けた。製造されたときから埋め込まれていたテルタニスの命令回路を破壊して尚、安全装置には手を出させなかったのだ。
「もし、
だからもし人間から狙われたとき、どうにかしなければならなかったのは自分だったのに、とダグは縛られた両手を固く握りしめる。
あっという間の出来事だった。シャノンが警戒態勢をとってから、人間たちに取り押さえられるまで。音もなくダグたちの前に現れた機械化人間たちは手馴れており、声すら出させなかった。
何故か一緒にいたチカを無視し、機械人形とその一行はあの通路から手際よくダグたちを攫ったのだ。
何故一緒にいたチカは狙われなかったのか。もしかして――初めから裏切者だった?
だがダグは浮かんだ「もしも」をすぐさま否定する。こんな回りくどいやり方、あの単純な女が好んでやるわけがない。
そこまで考えて、ダグは己を笑った。いつの間に自分はあの女の全てを知った気になっているのか。
「なァ、何を企んでいル?」
ギル、と呼ばれた青髪の機械人形がダグの顔を覗き込む。感情機構を導入した新型なのかシャノンと違い、くるくると表情が良く動く男だった。黒のタートルネックと細身のパンツはドールである男の作られたスタイルの良さを強調している。
何が面白いのかわからないが、こちらを覗く紫の目は酷く楽しげに笑っていた。
「安心しロ、あの女もすぐに捕まえル」
「……は、何がそんなに楽しいんだか」
「楽しいに決まってるサ! テルタニス様のお役に立てること、これがどれほどドールに幸福をもたらすのか、知らないだロ?」
ドールにつけられる命令回路はテルタニスに従う快感と、それに伴う幸福を与えるものだ。ドールにつけられた感情を操る部位、感情機構に直接作用してテルタニスに従うたびに快楽神経を刺激する。
最近は機械化した人間にも命令回路が埋め込まれていると聞くが、こんなに感情機構が強いドールであればその効果は絶大だろう。ダグは目の前で恍惚とした表情を浮かべる男を睨みつける。
悪趣味な、まるで人間のようなドールだった。
「ああ知らないね、知りたくもない。あんなクソAIに支配される喜びなんざ――っ!」
とにかくそのやすりで撫で上げられるようなざらついた声を聞きたくなくて、ダグは気分悪く思ったことを吐き捨てる。
だがそう言い切る前に、視界が横に吹っ飛ぶような衝撃がダグを襲った。殴られた、と頭が認識した途端に、側頭部が脈打つような痛みを訴え始める。
流石にドールの拳は人間のものとは違う。鉄の塊でひっぱたかれたような、嫌な痛みが頭を支配していた。頭の妙に冷静な部分がこのドールには安全装置がついていないようだ、なんてことをぼんやりと考えている。
横で縛られたシャノンの腕が嫌な音を立てて軋んでいる。恐らく無理やりにでも拘束を外そうとしているのであろうシャノンに、ダグは口パクで「何もするな」とだけ伝えた。
「テルタニス様、ダ。反逆者風情ガ、あの方を貶めるナ」
殴った際に切れたのだろう、ダグの額から熱くぬるついた液体が流れていた。そしてそれはどうやら殴ったドールの手にもついたらしい。
ぐらぐらと揺れる視界の中でダグは男が自身を殴った手をぶんぶんと振る様を睨みつける。男は実に嫌そうな顔で、ダグの血がついた手を見て「うェ」と青い舌を出した。
「あーあー、汚ねェナ。人間の、赤いオイルなんザ」
「っ、なんだよ、ドール様は人間がお嫌いか?」
「……オレを使っていいのはテルタニス様だけダ」
「ははっ、お可哀想に。そのテルタニスに人間に使われるために生み出されたっての、にっ!」
「テルタニス様が命じるなら、どんなことだろうとオレはそれに従うだけダ」
人間嫌いらしいドールはニヤリと笑ったダグに向って、もう一度その拳を振りかぶった。
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