37、かくれんぼ、天才

「わっ……⁉」


 追いかけていった先、突如として視界が開けて目が眩む。薄暗がりから一転して目に飛び込んでくる光に、チカは咄嗟に腕で目を庇った。


 生理的な涙が滲んだ目を二、三度瞬いてから、チカは改めて目の前の光景を確認する。


 腕の隙間から見えたのは巨大な空の空間だった。こちらを圧迫してくる両側の壁はなく、目の前には四方を白い壁に囲まれた穴のような広場が広がる。上を向けば、四角く切り取られた空に、雲が暢気に漂っているのが見えた。


「え、ここ、どこ?」


 突然のことにチカはきょろきょろと辺りを見渡す。

 と、その時。視界の隅を黒い塊が通り過ぎていくのが見えて、チカは反射的にその塊を目で追いかける。


 クロスケだった。猫はカシカシと前足で何かの山を引っかいている。そのうち山の一部が崩れ、いくつかの部品がチカの足元に転がって来た。


 使い古された細長い鍋に、持ち手が欠けた平たいマグカップ。それにひび割れて歪な音を奏でるオルゴール。


 統一性のないそれらは無造作に積み上げられて、巨大な空間のあちこちに小さな山を作っていた。壊れていたり使い古されていたりする転がって来た物たちのラインナップを見て、チカの頭に場所の名前が思い浮かぶ。


「……ここがひょっとして、ゴミ捨て場?」 


 呟かれたその言葉に黒猫がそうだ、とでも言いたげに「にゃあ」と鳴いたのを聞いてチカは驚いてクロスケを見つめる。猫は引っかく手を止めて、褒めてほしそうにぴんと尾を立てていた。


「もしかしてクロスケ、本当に連れてきてくれたの? マジ⁈ 天才じゃん!」


 チカは駆け寄って黒猫を抱き上げた。今度は逃げ出すことなく、クロスケはチカの腕の中で機嫌よくゴロゴロと喉を鳴らしている。撫でろと言わんばかりに上を向いた顎を指でくすぐりながら、チカは辺りを見渡した。


 ここが目的地であるならば、先に来たふたりがいるはずだが、今のところ姿は見えない。だだっ広い空間にはクロスケが引っかいていたような小山がぽつぽつとあるばかりである。


「もしかしてクロスケのおかげで、すごい近道出来ちゃったのかも」


 今までずっとダグとシャノンの背中ばかりを追いかけていると考えていたが、もしかしたら気づかない間にそれを追い抜いていたのかもしれない。ここは入り組んでいるし、近道がある可能性だって十分考えられる。


 ふたりが見たらきっとびっくりするだろうな、とチカは遅れてやってくるダグとシャノンの顔を想像してクスクスと笑い声をあげた。きっとダグは間抜けにぽかんと口を開けて、シャノンはあまり変わらないかもしれないけれど、もしかしたら目を見張るくらいはするかもしれない。


 考えていたら楽しくなってきた。さっきまでの孤独感はどこへやら、チカは悪戯の相談でもするようにクロスケに囁く。


「ね、クロスケ。いっそ隠れてさ、ふたりのことびっくりさせてやろうよ」


 その言葉になぁん、とクロスケが鳴いた。「何言ってんだ」とでも言いたげな、どこか間延びした鳴き声だった。


「大体私を勝手に置いていく方が悪いんだしさ。うん! ちょっとぐらい許されるって」


 まあダグはそんなことをされたら烈火のごとく怒り狂いそうだが、元はと言えば置いて行ったのが悪いのだ。


 そうと決まれば、とチカは急いで周囲に目を走らせた。こうしている間にもふたりがゴミ捨て場にたどり着いてしまうかもしれない。


 チカはかくれんぼの勘を総動員させてうまく隠れられる場所がないかチェックする。

 大人しく抱きかかえられながら「にゃあん」と鳴いたクロスケに、チカはゴミ山の後ろを覗き込みながら得意げに答えた。


「大丈夫。私こう見えてかくれんぼは大得意だし、鬼役の子泣かせたのだって一度や二度じゃないんだから」


 それは決して胸を張って自慢できるような経歴ではないのだが、悲しいことにそれを指摘できるものはここにはいない。チカがせっせと隠れ場所を探している間、クロスケは止めることを諦めたようにチカの腕へと顔を埋めた。

 

 隠れ場所は見えにくく、それでいて盲点を突く場所がいい、というのがチカの持論である。つまり見えにくい場所には違いないが、「そこに隠れているとは思わなかった」と思わせる場所が最適なのだ。

 小学生のころ、チカは鬼が公園の東屋におでこを押し付けるように数を数えている隙に、その東屋の屋根に上って隠れたために夕方になっても夜になっても見つからず、鬼役が泣きついた両親に「そこまで本気で隠れるやつがあるか」と、こってり絞られたことがある。それからしばらく、チカには異例のかくれんぼ禁止令が出されていた。こういう遊びは本気でやるから面白いのにとむくれていたことをよく覚えている。


 余計なことまで思い出してしまったが、つまりチカは「鬼の近くに隠れる訳がない」という思考の盲点を突いたのだ。


 自身の考え方に従いながら、チカは広い空間での隠れ場所を絞っていく。広く隠れにくそうな空間ではあるが幸いにもゴミ山のおかげでどうにでもなりそうだった。ゴミと言っても生ごみのような匂うものや不衛生なものはなく、ただガラクタを集めたゴミ捨て場は不思議なほど清潔感がある。


 ゴミ山の後ろに隠れるだけではすぐ見つかってしまうだろうし、かといって箱のようなものに入ってしまっては、閉じ込められる可能性があって危険だ。冷蔵庫のように、内側から開かない作りになっているかもしれない。異世界のものがチカの考える冷蔵庫と同じものかは知らないが、危険性があるものへは近づかないに越したことはないだろう。


 今までにないほど真剣な表情でチカはゴミ捨て場を物色し、そしてようやく隠れ場所を決めた。

 場所はチカが入ってきた場所のすぐ近く。そこに背の高いゴミを引きずって目隠しを作り、ゴミ山に見せかけるために周りを寄せ集めたガラクタで覆っていく。仕上げに引っ張り出したブルーシートを被れば完成だ。


 力作の偽ゴミ山の出来栄えに、チカはニンマリと魔法少女らしからぬ悪い笑みを浮かべる。


「よしよし、これで準備完了。後は来るのを待つばかりってね」


 いそいそとブルーシートを頭から被りながら、チカはゴミ捨て場への入り口を覗く。これならダグたちが入ってきてもすぐわかる。

 入ってきた瞬間に「わあっ!」と脅かしてやれば、置いてきたと思ってきたふたりは一体どんな顔をするだろう。

 そう考えながらワクワクとダグとシャノンが来るのを待ち構えていた、その時だった。


「あはははははっ! 実にあっけなかったナァ。反逆者の捕縛というやつは!」


 ブルーシートの隙間から見えた光景に、チカは目を見張る。


 狭く細い通路からふたりが現れたのだ。

 高笑いしながら現れた、見知らぬ「誰か」に状態で。

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