33、誰もいない通路を通り抜けて

 三人分の足音が通路に響く。ダグの後ろをチカが、その後ろをシャノンがついていく。自分を拉致した首謀者たちと並んで歩くというのは少し変な気分だった。

 だがその首謀者の一人が洗濯した服を着て、櫛で髪を整えてきたのだからそれも今さらか、とも思う。シャノンが持ってきてくれた櫛はチカの頑固な寝ぐせをものの数秒で直してくれた。おかげで今日の髪は絶好調だ。


「ダグたちは上に出て平気なの? 逃げてきたんでしょ」

「神からしてみれば俺のことなんぞ特別気にかけてるわけもないだろうよ」


 皮肉を含んで返って来た答えに「それもそうか」と妙に納得しながら、チカはダグの後ろをついて歩く。通路は暗く、詳しくはわからないが、辺りを見渡した感じは地下鉄周辺のショッピングモールのように見えた。天井は低く、今歩いている通路を挟むようにして店だったものがずらりと建っている。


 人の気配はなかった。コツコツと歩く音が反響し、静かな通路奥から脅かすように響いてくる。


「この地下街、昔は賑わってたんだと」

「全部閉まってるように見えるけど」

「都市部が発展し始めて誰も見向きもしなくなったらしい。もっと楽しい場所があれば、人間そっちに行くもんさ」

「私が製造されるより前の事象です。実物を見たわけではありませんが、活気のある商業施設だったと記録が残っています」

「ふーん……」


 少なくともシャノンやダグが言うような「賑わっていた、活気のある地下街」の姿はどこにもない。静まり返ったシャッターばかりの道は何かがふいに飛び出してくるのではと考えてしまうような不気味さがあり、チカは少しシャッターから距離をとって歩くことにした。


 活気があっただっただろう通路には埃が溜まり、時々薄く開いたシャッターの隙間から時が止まってしまったような店内が覗く。すっかり曇り、何が入っているのか分からないショーケースに、劣化して色あせた食品サンプル。決めポーズをしているマネキンは裸に剝かれた状態で店の目立つ場所に置かれていた。


 恐らく賑やかだった。けれどもう誰もいない。どこからか水が漏れているのか水滴が寂し気にぴちょんと鳴って、もう踏まれないタイルに跳ね返った。


「いいか? 目立つ行動はするなよ。目当ての物を手に入れたらすぐに戻るんだ」

「わかってるって。もう何回目よその話。信じてないわけ?」

「そこに関しての信頼は正直無い」

「おい」

「……遊びじゃないんだ。見つかったらどうなるかなんて俺にもわからねえ」


 必要最低限の人数で、目立たないように行動すること。


 それがボロとダグか散々反対してから出した「シャワーを探しに行く際の条件」だった。


 チカだって別に馬鹿ではない。チカなりにダグの言い分もボロの心配もよくわかっているつもりだった。だがダグはそうは思っていないらしい。ダグは口うるさく何度もチカへと言いながら「本当にわかっているのか」と言いたげに頭をぼりぼりと掻く。

 

「だからそこを考えて慎重にだな」

「あ、あそこ出口?」

「聞けよ!」


 後ろから飛んでくるダグの怒りの一言。しかしそうは言っても好奇心には勝てなかった。追いかけてくる声に意識を向けるのもほどほどに、チカはシャッター街の奥に見えた細く差し込む光に駆け寄る。何しろこの世界に来てからあの落下する一瞬以来、まともにこの世界を見ていないのだ。何より純粋に、自分が見たことのない世界に興味があった。


 だが光が漏れる扉に手をかけようとしたところで、ダグの手に制されてしまう。

 光を反射して、ダグの左腕がギラギラと眩しい。


「ちょっと」

「いいから。約束しろ、絶対に騒ぎは起こさねえって」

「わかってるって、絶対守るから。だから早く行こ!」

「……本当に分かってんのか怪しいモンだな」


 ワクワクを隠し切れないチカにこれ以上は時間の無駄と思ったのか、ため息をつきながらダグは「シャノン」と短く呼びかける。

 プラチナブロンドがさらりと揺れて返事をした。


「はい、扉前に生命反応、およびセンサーの反応はありません。安全かと」

「りょーかい、ほれ」

「? なにこれ」

「あんたそのままで出て行く気か? 顔くらいは隠した方がいい。被っとけ」


 そう言って手渡されたのはなんの変哲もない、ただの帽子だった。やや古ぼけたデニム生地のキャスケット。ダグはそれを出来るだけ深く被るようにと言いながら、自身の頭にも帽子を乗せる。キャンプにでも使うようなアウトドアハットを目深にかぶったダグは、ポケットが多く付いたジャケットも相まってキャンプ場の管理人のような出で立ちだ。


 シャノンはどこから出したのかつばの広いストローハットを被っており、こっちはこっちで避暑地に来たお嬢様風スタイルである。


 キャンプ場管理人と軽井沢あたりに避暑にきたお嬢様とキャスケットを被った女子高生。考えれば考えるほど奇妙な組み合わせだと思ったが、ダグは構うことなく扉に手をかけた。

 いつになく慎重な声が、誰もいない通路に響く。


「いいか? 開けるぞ」


 そして、扉が開いた。

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