32、擬態用カバーを身に着けて

「それ? 擬態用カバーって」

「そーだよ。おら、わかったらとっとと腕出せ、腕」


 ダグとシャノンの部屋の床には緑色のレジャーシートのようなものが広げられている。


 その上には直角に曲がったドライバーのようなものやペンチに似ているが挟む部分が異様にねじれているもの、先端が二又に別れたネジに蛍光色に輝き続けるケーブルなど、どこかで見たことがあるような、でもまじまじと見ていると首をひねってしまうようなおかしな工具や部品が何かをひっくり返した後のように散乱していた。


 もしかすると、この世界では工具や部品そのもの自体、チカが知っているものは無いのかもしれない。


 ダグから差し出されたそれは表面に複雑な模様がついた長手袋のように見えた。袋状の先端が五つに細長く分かれており、ぱっと見は手から肘辺りまで覆うほどの長さに見える。


 言う通りにチカが袖をまくり上げた右手を出せば、ダグはさっと手袋を被せた。少し大きすぎるらしい。肘の部分も指のところも布が余ってしまっている。

 ぶかぶかのそれを振って、チカはサイズの間違いを無言で訴える。


「いいから、そのままじっとしてろ」


 しかしダグはそれを見ても替えを持ってくるだとか、手の長さを測るだとか、チカの想定していた動きを一切見せなかった。ただ大きすぎる手袋がチカの腕に引っかかっているのをじっと眺めているだけで、チカも大人しく言われた通りに腕の動きを止める。


 その瞬間、手袋に異変が起こった。


「えっ?」

「よし。サイズはいいな? キツイとか、血が止まってるとこは」

「な、ない、けど……なにこれ、どうなってんの?」


 チカは驚いて自身の右手を見る。まるで手袋自体がチカの手に合わせるかのように手袋が縮み始め、チカの腕や指に沿うようにその形を変えたのだ。


 今ではすっかりぴったりのサイズとなった手袋に、チカはぶんぶんと腕を振る。丁度いい大きさとなった手袋は、ぴったりとチカの指先から肘までを覆っていた。

 

「手袋自体にナノマシンが組み込まれてる。それが自動で手の大きさを検知してサイズの縮小を」

「へーっ! 良く分かんないけどすごーい‼」

「……ひょっとしなくても聞く気ねえな?」

「つまりは自動でサイズ合わせてくれる手袋ってことでしょ? 流石異世界、夢があるなーって」


 小難しい内容をスルーしつつ、チカは異世界の高度な技術に感動していた。


 この技術があればパンツの裾上げも、シャツの大きさも思いのままだ。ネットの注文で失敗したときも買い直す手間がなくなるし、そもそも体系の変化で着られなくなった服という概念そのものがなくなるかもしれない。

 買ったはいいが締め付けのきつさからタンスの肥やしになっているスキニージーンズも、この技術があればきっとタンスから解放されることだろう。夢のある仕組みだ。


 と、そこまで考えてチカはここに来た本来の理由を思い出した。


「で、これがあれば都市に行けるの?」

「そう。都市にいる間はそれをつけて行動してもらうことになる」


 呆れたように顔に手を当てているダグに変わって、説明をしたのはボロだった。相変わらず足音は聞こえない。


「都市の人間に紛れ込むためだ。それがあれば少なくともすぐに怪しまれるなんてことはないからな」


 よくよく近くで観察してみれば手袋にはネジでとめた跡やパーツの繋ぎ目のような模様があり、見るからに機械でどうにかしましたと言わんばかりの見た目だ。しかも色がメタリックシルバーなせいでなおさらよく目立つ。


 これで噂に聞く「機械化」をしているように見せかけるのだろうが、腕だけ雑なコラージュ写真にされたようでチカ的にはちょっと微妙な気分だった。


「というか、機械化ってマジでロボロボしてんだね。こういうのってもっと自然に腕と馴染むようなデザインにするもんだと思ってたんだけど」

「んだよロボロボって……まあ機械化自体がこの都市で生活していく奴らの証明みたいなもんだからな。目立たせておいて損はないんだろ」

「ふーん、パスポートみたいなもんか」


 チカの頭をよぎるのはテレビでやっていたドキュメンタリー番組だった。取材を受けていた義手や義足を作る職人が、出来るだけ自然に皮膚の感触も寄せてと、インタビューの時に言っていた気がする。今は義手や義足もおしゃれに目立たせるデザインも流行っていると聞くが、チカの腕にあるのは武骨で機械感丸出しの雑コラだ。「逆にこういう感じがおしゃれ!」とギリギリ擁護できない程度。


 だがダグの「証明」という言葉を聞いて腑に落ちた。要はぱっと見た際に機械化しているとわからなくては困るのだろう。


「本来は成人した奴が受ける手術なんだが、まああんたくらいの見た目なら誤差だろ。テルタニスの目くらましにもなるだろうし、ちょうどいい」

「……ちょっと、まだ私がっつり未成年なんだけど」


 その発言は聞き捨てならない、そうダグの発言に噛みつこうとしたときだった。きらりと光って見えたものに、チカの目は自然とダグの左腕へと吸い寄せられる。


「何だよ、急に静かになって。気持ち悪りぃ」

「え、ダグも行くの? 都市」


 そこにはチカの右手と同じ、メタリックシルバーの輝き。


 意外だった。シャワーが欲しいと叫ぶチカに対し、ダグは一貫して「くだらない」という態度をとり続けていたし、そもそもダグはテルタニスが支配している場所に行きたがらない印象があったのだ。


 その視線を受けてダグはさっと腕を隠してしまった。見つかりたくなかったとでも言いたげな態度にチカが首を傾げていると、ボロが微かに声を震わせながら言葉を挟む。


「自分も君なら大丈夫だと言ったし、不安なら案内の者も同行させるからと言ったんだけどな。ダグがどうしても着いていくと言ってね」

「ボロさん! 誤解を招く言い方しないでくれよ……俺ぁ、ただ、その、協力者のこいつが変な事したら困るってだけで」

「だから心配でついていくんだろう? お前は案外義理堅いからな」

「だから、ボロさん!」


 初対面の印象に反し、ダグは結構世話焼きらしい。


 見た目で人は判別できないな、とチカがニヤニヤと笑っているとダグは怒ったように「あんたのためじゃない、俺のためだ!」と、これまたテンプレのセリフを言い放った。

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