第ニ章 魔法少女と壊れたドール

外に行こう!

30、改めて、異世界

 さて、どうしたものか。


 上を見上げて、横を見て、そしてまた視線を戻す。あの巣穴に比べればずいぶんと明るく、どちらかといえば馴染みのある風景があった。


 立ち並ぶビル群に、整備された道。賑わいを見せる通りに、歩く人々。


 少し未来的ではあるが、ここはチカが過ごしてきた場所とよく似ている。時折通り過ぎる車のようなものに運転者がいないことと、すれ違うどの人も身体の部位を機械に置き換えている点に目をつむれば、であるが。


「おい、置いてくぞ」

「ちょっと待ってよ。少し眺めるくらいしても」

「うるせぇ。俺はここが嫌いなんだ」


 ダグはチカの言葉など聞かず、ずんずんと歩いて行く。いつものジャケットよりもまともな生地のものを身にまとい、その腕は機械でできたように見せかけるダミーのカバーがすっぽりと左手の肘から下を覆っている。そしてそれはチカも同様だった。


 ふたりは今、都市で浮かないように最大限の変装をしている。


「とっとと済ませて、早く戻るぞ」

「えー、でもせっかく出たならもうちょっと……」

「置いてくぞ馬鹿」


 そう、全ては快適な生活とシャワーのため。


 チカたちは巣から地上の都市へと足を踏み出していた。



 ※※※



「はいはい、ビームビーム」

「ぎゃぁっ⁈」


 これで三人目である。


 視線を感じて、チカはステッキを手に取った。渡された清潔な布でまだ濡れたままの髪を拭きあげながら、彼女は使い慣れた柄をくるりと回転させて先端部についたクリスタルの照準を合わせる。先は、まだ建付けが悪い扉の隙間。


 間違えて扉ごと吹き飛ばさぬよう、威力をしぼったビームを数発、そこへと飛ばす。


 やはり感じたのは間違いなかったようで、潰されたヒキガエルのようなうめき声が扉向こうから聞こえてきた。それに対し、チカは西部劇のガンマンの如くステッキに息を吹きかけながら忠告する。命知らずな覗き魔へと。


「無言で人の部屋覗くもんじゃない。話があるならちゃんとノックして」

「ひ、ひゃいっ!」

「次やったら目玉ごと蒸発させるから。お友達にも伝えときな」


 そう脅してやれば転がるように逃げていく少年。本日三度目の来訪者が逃げ帰っていくのを見送りながら、チカはボロに鍵と新品の扉を頼もうかと考えていた。


 いかんせん、今の扉はへこみやら何やらで隙間が多すぎる。体を拭く時やら髪を洗う時は自衛のために扉全体に目隠しの魔法をかけているが、このままでは日常的に魔法をかけ続けなければならないだろう。扉ひとつ変えればいいだけのことをわざわざ魔法でやるというのも馬鹿馬鹿しい話な気がする。


 下心あっての覗きというより、チカが物珍しいのだろう。その前は女の子で、一番初めは青年だった。住民の中でも好奇心旺盛なのは新しく入ってきた住民が気になって仕方がないといった表情で、扉の隙間に目を突っ込むのだ。


 ついさっき洗ったばかりの髪を布で絞り上げながらチカはため息を床に落とす。髪からは頭から体まで丸ごと洗えると渡された石鹸の匂いが微かに香った。嗅ぎ慣れない簡素な匂いに、家に置いてあったフローラルなシャンプーが懐かしくなる。


 水で体を拭くことは慣れなかったが、何もしないよりはましであった。少なくとも埃は取れたのだ。だが、やはり熱いお湯には叶わない。そう思いながらチカは用意された簡素な服に袖を通し、用意されたベッドに横になる。


 ややシーツがくたびれてはいるが、ネズミのものではない新品だ。シャツやブレザーは洗っておいてくれるらしく、シャノンが持っていった。今はブローチが寂しく手元に残るばかりだ。


 チカは今、とりあえずと用意された部屋にいる。ダグとシャノンの隣で、巣の中ではかなり端の部屋だ。


 早くシャワーが欲しいと息巻いていたチカに、待ったをかけたのはボロとダグだった。


 「今すぐに考えなしに飛び出しても馬鹿を見るだけだ」という、彼らの説得に「まあ万全じゃない状態で行ってもな」と思い直してチカは今、一晩の休息を得ている。しかし、たっぷり寝たせいか身体がすぐには睡眠を受け付けず、チカはただゴロゴロと横になっていた。


 暇が出来れば頭に浮かんでくるのは忙しさにかまけて忘れていた現状で。


 ノア大陸、アルカ連邦国家、都市ナウタル。その在り方の詳細をダグから聞いたとき、チカは思わず目を剥いた。テルタニスが命を作り出しているという話も、機械化についても、どれも聞けば聞くほどよくあるSF映画としか思えない。


 家に帰っていつも通りの生活を送るはずだったのに、とチカはため息を吐く。チカがいなくなった家は、怪物はどうなっているのだろう。


 考えても解決しないと知りながらも思い悩むことをやめられないままチカはベッドの上でうつらうつらと舟をこぎ始める。浅く現実と夢の境目を這うような、眠っているのか起きているのかわからなくなるような眠りだった。

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