26、へし折る魔法とネズミと決着



 ※※※



 またも光に包まれる室内。どよめく住民たちの目はある一点に集中している。それは光の着弾地点。ついさっきまで高らかにネズミが笑っていた場所だ。


 「死んだのではないか」と、誰かがぽつりと言う。そのひと言でネズミの子分たちはようやく我に返ったらしい。彼らは住民たちをかき分けながら転がる様に自身のボスの元へと走って行く。


 その中でダグはひとり、子分たちから恨みがましい視線を一身に受けて舌打ちをしていた。


「あいつ、本当にこれでどうにかなんのかよ……」


 チカは動かず、ネズミの安否も不明。部屋にはチューチューと心配そうに鳴くネズミの子分たちがおり、そのうちの数匹はこちらに狙いを定めている。


 子分たちの手に光る、物騒な刃のぎらつきにダグは内心冷や汗をかいていた。もし、今あの人数に飛び掛かられたらひとたまりもないだろう。子分たちが皆ネズミの指示が無ければ動かない奴らばかりだということだけが幸いだった。


 頼る相手を間違えたか、とダグは一瞬考えてすぐさまそれを否定する。シャノンも、自分も無事でいるにはあれに頼る方法以外に道はなかった。どうせ巣の外に逃げればテルタニスが、巣の中にいればネズミが狙ってくるのだ。ならばネズミ相手の方がまだ勝ち目がある。


 それに、とダグは背中にいるシャノンに視線を向けた。相変わらず、ぐったりと身を預けてくる姿は二度と目を開けないようにも思えて、心臓に悪い。


 チカは、シャノンをシャノンとして見ていた。ボロやネズミのように替えの効くドールとしてではなく、「シャノン」という個を見て、話をしていた。シャノンの腰にはまだチカの上着が巻いてあり、それは簡単には解けないよう固く縛ってあることをダグは知っている。


 シャノンは人間ではなく、機械人形システムドールだ。けれどそれを教えてもチカは態度を変えなかった。


 初めてだった。自分と同じように、シャノンに接してくれる誰かを見るのは。


 もうここまで来たのだ、いい加減腹をくくれ。


 そう自分に言い聞かせながらダグは周囲を睨みつける。柄にもなく熱くなっている自覚があった。普段ならもっとうまいこと躱してどうにか逃げおおせることに集中しているのに、今の自分ときたらどうやってあの子分共に一泡吹かせられるかばかり考えているのだ。


 知らない間に自分もチカに感化されたのかもしれない、とダグは自分が思っていたよりも簡単な自身に苦笑する。だが気分は悪くない。むしろダグは高揚を隠し切れなかった。


 ここまできたら、あとはもうとことんやってやる。そう思い、ダグが正面を切って子分たちと睨みあう。


 そのときだった。


「う……」

「は? 生きてんのかネズミの奴⁈」


 子分に囲まれるようにしてネズミが体を起こしたのだ。その体には穴どころか傷ひとつなく、ダグは驚きを隠せなかった。確かに光の砲撃がネズミの腹部分を貫いた瞬間を見たはずなのだ。にも関わらず、ネズミは混乱している様子はあるものの、あの砲撃に貫かれる前と何ら変わりなく見える。


 失敗したか、とダグの頭を嫌な予感が駆け抜けていく。だとすれば、あの男が激高して部下たちに指示を飛ばすのも時間の問題だ。


 隣で固まってしまったチカの腕を引きながら、ダグは頭の中で逃走用のルートを組み立てていく。まだ混乱している今なら、逃げ出せる可能性があるかもしれない。


「おい、何したか知らねえが、ここはひとまず――」


 だがその時、ダグは気づいた。ネズミの様子がただ混乱しているだけではなさそうだと言うことに。


 子分に囲まれているネズミの顔は青かった。目は見開かれ、口は何かを言おうと懸命に動き、そこに添えられた手はわなわなと震えている。


 怒っている、ようには見えなかった。そうではなく、あれはまるで何か重大なミスをやらかしてしまったときのような、ネズミにしては珍しい表情をしていた。


「な、な、な……」

「……な?」


 何度かの口の開閉ののち、ようやくネズミの声が形を作る。だが依然としてその内容はわからないままだ。


 子分たちは揃ってそれを聞き逃すまいとネズミの口元に耳を近づけて、じっと彼の言葉を待っていた。


 そして、たっぷりの間を置いてやっとネズミは理解できる言葉を発する。


「なんてことをしてしまったんだ僕はぁぁぁ――っ!」

「……は?」


 彼を知る者からすれば、耳を疑うような言葉を。


 ※※※


 チカがこの魔法をあまり使いたくない理由は主にふたつある。


 ひとつは魔法の発動に前提条件があるので面倒くさいこと。そしてもう一つは、


「大変申し訳ありませんでした! 数々の非道な行い、決して許されるものだとはおもっていません!」

「え、は? あ?」

「男ネズミ、ここは潔く腹を切ってお詫びのしるしに――」

「いや待てって! っおいあんた一体何したんだよ⁈」


 これを使うと人が変わりすぎてしまうからだ。


 開口一番、頭を地面へと擦り付けるように深く土下座の体勢をとったネズミと、それを見て頭にクエスチョンマークを大量に浮かべるダグにチカは欠伸をしながら答える。


「魔法だよ。魔法。どうせ知ってるんでしょ」

「は? これがか?」

「そ。これはね、良心とか罪悪感を普通より、大きくする魔法」


 パニッシュキャノンはその物々しい名前とは裏腹にビームのような物理的な痕跡は残さない、いわゆる魔法である。


 詳しく説明するのであれば、これは相手の心に残っている「理性」を自覚させる魔法だ。「本当にこんなことをしていいのか、自分がしているのは酷いことではないか」といった理性の中でも良心や罪悪感とも呼ばれる部分を肥大化させ、やや乱暴ではあるが無理やりどれだけ悪いことをしたかをわからせる。


 つまり、悪人の心を精神的にへし折る魔法である。


「正直こんなことするよか叩いてわからせた方が早いと思うし、あんまり使わないんだけど」

「……エグイことするな、あんた」

「しょうがないじゃん。これくらいしか解決策なかったし」


 自分自身に罰を課させる魔法。それはこの強力さゆえに前提条件が付けられているのだ。決して乱用をしないよう、とチカも教えられている。


 子分たちが止めるのも聞かず、床に頭をめり込ませるネズミを見てチカは内心ほっと息を吐いた。どうやらあのド畜生にも多少は良心が残っていたらしい。

 

「良かったじゃん。何とか、なっ――」

「っ、どうした⁈」


 と、そこまで思ったところでチカの視界が急激に傾いた。変身がとけ、ステッキが手の中から消失する。それと同時に急激に襲い来る眠気に、チカはすぐに気づいた。

 魔法の使い過ぎだ。体力が魔法の消費量にあと少し、追いつかなかったらしい。


 床に崩れかけたチカをダグが受け止めたのだろう。焦ったような声を近くに感じ、何とか説明をしなければと口を動かすが、困ったことに身体は既に夢に片足を突っ込んでしまったようで動きが追いつかなかった。


 ドロドロと崩れていく思考の中、チカは何とか要点だけは伝えなければと口を動かす。


「あー、もう無理。ちょっと、寝、る……」

「お、おい⁈」

「ふぁ、後、よろしく……」

「あんた何寝ようと――、おいこら!」


 二度目の気絶するような眠りは深く、チカを休息へと引きずり込んでいった。

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