25、パニッシュキャノン

 瞬間、部屋が眩い光で包まれ、部屋の中は騒然となった。


 一体何が起きているんだと誰かが言い、テルタニスの手下が何かしたのではと誰かが叫び、騒ぎはさらに大きくなっていく。それに加えて大音量のネズミ声が流れてきたのもあって、もう部屋全体はパニック状態だ。


 その中で、いち早く事態に気づいたのがネズミだった。ネズミは勝手に流れてくる己の声にぽかんと間抜け面を晒したあと、内容を聞いてさっと余裕の表情をなくした。


『清々するよ。ダグ、これでやっとお前の顔を見なくてすむからな』

「なっ、なんだ⁈ おい、誰かあいつを止めろ!」


 光が落ち着いた部屋の中、変身を終えたチカが顔を上げればそこには愉快な状態になったネズミがいた。


 ネズミはあまりの慌てぶりにチカの変化にも気付かない様子で、部屋いっぱいに映し出された己を隠そうと躍起になっていたのだ。


 ネズミはあたふたと周囲を見渡し、部屋を見ていたボロの目が段々と厳しいものになっていくのを見て、急いで部下たちに指示を飛ばそうと声を上げる。だが、それに合わせるようにダグがスピーカーのボリュームを上げた。


 部屋全体に響き渡る声が、皆の前で高らかに告げていく。ネズミがシャノンとダグに、何をしたのかを。


『シャノンが手に入って、尚且つお前が消えてくれるんだ。――ドローンの制作費用なんて安すぎるぐらいだよ』

「!……これは」

「っぐ、ダグ、てめぇっ!」

「おおっと、化けの皮が剥がれてるぜ? なあ、ネズミ」


 ネズミの表情が醜く歪む。それを見てダグは心底楽し気に笑いながら、目の前で余裕をなくしていく男に言い返す。それはやっとやり返してやったとでも言いたげな、悪戯に成功した子供のような笑みだった。


 そしてそんなダグとは反対に、ネズミの顔はますます見るに堪えない物へと変化していく。


「うるせえっ! お、お前ら何してる! 早くこの裏切り者どもを――」


 そしてネズミは叫んだ。否、叫ぼうとした。周りに控えているはずの部下たちに命じて、早くこの場をめちゃくちゃにしろと指示を出そうとした。


 だが、できなかった。叫ぼうとして、ネズミはそこで初めて部下たちの目がダグの隣へと集中していることに気づく。


 そして、ようやく知る。


 魔法少女が、こちらに向けて何かを構えていることを。


「じゃ、覚悟してよね」


 チカはまず、両の手でピースサインを作った。そしてその状態で人差し指と中指同士をくっつけ、ひし形になった指の間からネズミを覗く。


「悪人判定。範囲、三キロメートル」


 チカがそう呟けば、ひし形に空いた指の隙間に円形グラフが表示される。チカはそこに表示された「悪」の割合が半分以上を占めているのを見て、薄く笑った。


「お、おい何してる。一体、僕に何を」

「うるさい黙って」

「――っひ⁈」


 悪人判定。それは対象が「悪であるか否か」を計測する行為である。範囲が広ければ広いほど、つまりその大衆が多いほどこの魔法は効果を増すが、今回は相手がネズミひとりである。この程度でも威力は十分に思えた。


 思っていた通り映像の威力は絶大だった。現在進行形で増えていく「悪」の割合を見ながらチカは思う。大方不審には思っていたが決定打がなかったといったところだろうか。


 ネズミは自分が思っているよりも隠すのがうまかったのかもしれない。だが、それもどうやら今日までのようだ。


 「悪」が半分以上を占めた円グラフを見て、チカは指を閉じる。これで魔法の準備は整った。


 チカはステッキを回す。


「判定完了。半数以上がお前を悪と断じた」

「あ、悪? 悪だと⁈」


 そう騒ぎながら納得がいかないと言いたげに周りを睨みつけるネズミ。それを受けて大勢の住民が逃れるように視線を逸らした。もしかしたら、映像なんて無くても皆わかっていたのかもしれない。わかっていて、彼らは見て見ぬふりを選んだのかもしれない。ネズミたちから目を付けられることを恐れて。


 魔法の条件が整ったことで、ステッキがチカの手の中で変形していく。


 クリスタルの部分は白く巨大な銃身に、柄は持ち手と引き金になった。


 そして現れたのは全てが白い、巨大な銃。その大きさは銃というよりはもはや大砲に近い。


 ずしりと重い銃身を左手で支えて腰を落とし、チカは右手を引き金へと滑らせる。狙う先はもちろん、呆けて固まったままのネズミだ。


 それを見てようやくネズミは自分が何をされるかを悟ったのだろう。ぶんぶんと顔の前で手を振りながら、ネズミはチカへ向かって必死に懇願する。何かを言おうと口を何度も開き、声にならなかった声がようやく言葉として口の外へ転がり出た。


「っ、ま、待て、待ってくれ! 僕はただ――っ!」


 けれどそれを遮るように、チカは淡々と魔法の詠唱を続ける。もうネズミの言葉など聞く気が無かった。


「よって、お前に罰を下す。罪を認め、贖え」


 「ただ」その後に何を言うか、チカは何度も聞いてきた。何度も何度も何度も。勝手にぶつけられる後悔も懺悔も自己保身も言い訳も。正直、うんざりしていた。どんなに理由を並べ立てたところで、やったことはなくならないし変わらないと言うのに。



 だからチカはただ持ち手をきつく握りしめた。表情を怒りに歪めながら、チカはネズミをきつく睨み付け、叫ぶ。


「うっさい。いいから黙って反省してろ!」


 そして、引き金を引く。


「悪事救済! パニッシュキャノ――ンっ!」


 光が集まり、チカの声と共にその魔法は放たれる。


 銃身から出た光の束は迷うことなくまっすぐにネズミへと突き進み、その体を撃ちぬいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る