最低な性根の正し方
24、反撃開始の合図を鳴らせ
扉を開ける。閉める。また開ける。閉める。そんな繰り返しが十回を過ぎたあたりでチカは数えるのをやめた。この巣穴はチカが思っていた以上に複雑に入り組んでいるらしい。
角を曲がり、まっすぐ進んだかと思えば隅にある階段を降り、もう良く分からなくなった順路をくねくねと曲がっていく。もはやチカは自分が上っているのか、それとも下っているのかもわからなくなってきていた。
「よくこれで暮らしていけるわね。私なら無理。絶対遭難する」
チカは先頭に立つボロの迷いなく進む様を見て、呆れた声を上げる。
迷路のような、ではなくこれでは正真正銘の迷路だ。もしこれで「じゃあ帰りは頑張ってひとりで帰ってね」などと言われたらチカはものの数秒で迷子になる自信がある。
「安全上の問題だ。何かが入ってきた時、逃げやすいだろ」
「……私は逃げる以前の問題な気もするけど」
「なら精々はぐれないこった。この巣であんたがはぐれたら、俺も探し出すのは骨が折れる」
時々立ち止まって、ダグは背からずり落ちかけたシャノンを背負い直そうと身体を上下に弾ませながら言う。
チカは絶対にダグから目を離さないようにしようと心に決めた。幸い、シャノンを背負っているダグは薄暗い通路でもよく目立つ。
ボロは見張りの者を置いておくと言ったが、ダグもチカもシャノンを置いていくことに了承しなかった。ネズミの息がかかったものが見張りに紛れ込んでいないとも限らないし、敵だらけの巣で何もできないシャノンをひとりにするべきではない。
チカは後ろにいるネズミと子分たちにこっそりと目をやる。相変わらずのムカつくニタニタ笑いであった。
その顔に内心で中指を立てながら、チカは前を行くボロに問いかける。
「ねえ、まだ? もう結構歩いたんだけど」
「もうすぐだ。いいから、黙って歩け」
「それもう三回も聞いたから言ってるんだけど」
「……あの角を曲がって、扉を開けたらそれが最後だ」
「本当?」
「本当だ」
返って来た言葉に念を押すように聞き直して、そして実際に角を曲がった先に見えた今までとは雰囲気の違う物々しい両開きのドアに、チカはやっと到着かと息を吐いた。
正直、上っているか下っているかもわからなくなるような通路をただひたすら歩き続けるのは、ある種の拷問にも似た作用がある気がする。人は何も見えない無音の空間に放置され続けると発狂するとも聞いたことがあるし、人間は退屈や代わり映えの無さすぎるものに耐性がないのかもしれない。
ボロが扉を押せば、ギギギと重い音を立ててそれは奥へと開いていった。中を覗くと、通路に比べてかなり大きく感じる部屋が見える。どうやらこの部屋が件の「話し合いの場」らしい。
中央に丸い台があり、それを囲むように設置されたベンチには落ち着きのない巣の住民たちがひしめき合うようにして座っていた。扉が開いた瞬間、彼らの視線が一斉にこちらへと向く。
話し合いの場と聞いて、チカは何となく高校の校長室のようなソファーが向き合った部屋を思い浮かべていた。だが、目の前にあるのはどう考えても校長室ではなくテレビで見た裁判所である。話し合いと言うよりは糾弾する場、と言った方が納得するようなぴりついた空気感が部屋の外に居ても伝わって来た。
「ダグ、女。前に行け。中央だ」
「女、じゃなくてチカ。名前ぐらい覚えてよね」
「……いいから行け」
ボロに促されるまま、チカとダグは部屋へと足を踏み入れる。途端、ざわざわと沸き立つような空気感が二人を包んだ。ようやく表れた犯人に皆興味があるのだろう。
丸い台についた階段へと足を進めながらチカはダグに目配せをする。場所が中央なのは都合が良かった。この場であれば簡単に皆の視線を奪うことが出来るし、何より全体が見渡せる。あのムカつく顔もすぐに見つかるだろうとチカは思う。
しかし探し出す手間もいらず、目的の人物はすぐに見つかった。
「ご覧ください皆さま! あの恐ろしい顔をした小娘こそが忌々しいテルタニスの――」
いつの間に移動したのか、部屋の中で大声で騒いでいるネズミは中央に行かずともわかるほどよく目立っていた。
ネズミはベンチに座る住民たちに声高らかに演説を始め、聞いている者たちを震え上がらせる。どこまでもわかりやすく、そして腹立たしい男であった。
目配せに隣でダグが微かに頷き、ジャケットの下のドローンに手を触れた。それを見て、チカは改めて己に気合を入れ直す。今まで散々好き勝手してくれた男を逃がさないよう視界に入れつつ、チカは昂る気持ちを落ち着けるように息を吐いた。
ギラリ、と魔法少女の目が光る。
――ここから、反撃開始だ。
ダグがドローンを出すのに合わせて、チカは胸元のブローチに手を触れた。
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