23、魔法少女は夢の中



 ※※※


 

 小学五年生のとき、夏休み前のこと。チカの友人の広美は階段から突き落とされた。


 額から血をダラダラ流していて、次に会った時は三針縫ったと言っていた。


 犯人はチカに散々意地悪をしてきていた癇癪持ちの男子生徒。頭を叩いたり足を引っかけてきたりと被害に遭うたびチカはすぐさまやり返したし、教師にもきっちり報告していた。けれど教師たちの反応はいつも決まっている。


「あの子は今お家が大変だから、許してあげてくれないかな」と。困ったように、チカに言うのだ。聞けば両親が離婚したとか、家庭環境が不安定だからとからしい。けど、だからと言ってチカに嫌がらせをしていいわけがない。


 だからチカは断固として抗議した。だが結局いつも結果は同じで返答は「そうなだよね、でも」の繰り返し。


 そして友達が落とされた。誰も指摘しない「大変な境遇の男子」が階段の踊り場で癇癪を起したことで、怪我をして、何もしていない友達が額を三針縫ったのだ。



「本当はこんなことしたくなかった! けど家族のために仕方なく――」

「こうなったのはあいつの――」

「なら、どうすればよかったんだ⁈ あのままでいたら追い詰められて、結局――」


 ぼんやりと声が聞こえた。目を開けば、過去に対峙した「悪」たちがチカの目の前で形をとろうと必死にモヤモヤとした身体を揺らしている。そして懸命にじたばたと、こちらに向って手を伸ばしていた。



 人間は嫉妬や怒り、悲しみや恨みといった「負のエネルギー」をため込みすぎると「破壊の怪物ブレイフリークス」という文字通りの怪物と化す。それは魔法少女になって、一番初めに聞いた説明だった。


 それは警察も機動部隊も太刀打ちできない理不尽な破壊の化身であり、魔法少女でなければ相対できない強大な悪である、と。


 家族のためにテロを起こした男。学生時代のいじめの復讐だと通っていた学校の学生を無差別に狙った通り魔。元勤め先のブラック企業に関わった全員と心中を図った会社員。


 悪にすり潰され、怪物になった人々。本来であればどこかで発散するはずだった苦しみを蓄え続けてしまった人々。魔法少女になってから、チカは様々な怪物と化した者たちと戦った。


 彼らは魔法少女として裁きに来たチカに許しを請う。己の不幸を嘆きなが語り、助けてほしいと手を伸ばす。


 そんな姿を見るたびに、チカは友達の額を思い出すのだ。


「あーあー、うるさい。魔法少女はね、聖人でも何でもないのよ」


 そう言いながらチカはいつの間にか握っていたステッキを振るい、苛つくモヤの塊を勢いよく薙ぐ。それだけで騒いでいたモヤは空気に混ざる様に消えていく。


「過去に何があってもやっちゃ駄目なことは駄目なわけ。わかる? あんたらがやったことはいくら嫌だった過去があろうと無くならないの」


 もし魔法少女が聖人君子なら、過去に「何か」があった彼らも救うべきなのかもしれない。現にチカ以外にスカウトされた魔法少女たちは救うべきだと息巻いて、そして魔法少女としての責務と悪の心情との板挟みに堪えられず、次々と辞めていった。


 救いたい、と思うこと自体は悪いことではない。だがそもそも魔法少女は聖人君子ではないのだともチカは思う。出来ないことがあって当たり前だし、それに生憎、こっちはそんな大層な目的で魔法少女になったわけでもないのだ。


「つーか、無関係の誰かを巻き込んだくせに、加害者が今さら被害者ぶってんじゃないわよこの大馬鹿が!」


 怒号を上げながらチカはステッキを振り回す。勝手に懺悔して、勝手に許されるなと怒りを込めながら腹立たしいモヤたちをミキサーの如く空気とかき混ぜていく。


 ただ、チカだって人間である。「そういうこと」があったと聞かされればやりづらくなるのが人間と言うもので、それはチカだって変わらない。悪事に手を染めた相手にこのクソ馬鹿野郎と怒りを感じるのと同じぐらいには、その過去を可哀そうだとも思うのだ。ただそれがやったことへの免罪符にはならないと言うだけで。

 

 だからチカは思うのだ。「もっと気がねなくぶちのめせるような全力の悪人ならもっとやりやすいのに」と。



 ※※※



「……首痛い」

「すげー寝相だったぞ、あんた。何か腕ぶんぶん振り回してたしよ」

「変な夢見てた気もする」

「あーそうかい。残念ながらここは現実だぜ」


 ぶつぶつと言いながらチカは首を横に動かす。壁にもたれかかって寝たせいか、首の筋肉が変な風に固まってしまったらしい。


 体重が集中していたせいだろう、肩も背もところどころに痛みが残っている。短い間の睡眠だったせいか難解で妙に疲れる夢も見た気がする。


 だが、少し眠ったおかげでちょっとは体力が戻ってきたようだ。胃に物をいれたおかげか、身体もここに来たばかりの時に比べればずいぶんと暖かい。


 起き抜けでまだ力が入れにくい手を何度か握り、チカは「よし」と己に気合を入れる。まだ全快ではないが、それでもネズミに相対していた時よりはマシだった。ようやく立つ気力を取り戻した足に力を入れて、ぐっと背筋を伸ばしながらチカは目の前にいるボロと、彼が引きつれてきたらしい集団に向けて言う。ボロを含め、そこにいる全員がチカへ警戒の眼差しを向けていた。


 集団の奥にネズミが笑っているのが見えて、チカはふん、と鼻を鳴らす。暢気に笑っていられるのも今のうちだ。


「じゃ、行こっか。話聞いてくれるんでしょ?」

「……ああ」


 チカが話すだけで、集団は毛を逆立てるような警戒態勢をとる。まるで怯えた小動物のようである。そんなに睨まずとも、取って食べたりはしないのに、とチカは頬を掻く。


 ただその中で、リーダーのボロだけが平然とチカ達の前に立っていた。彼は警戒心を隠さない住民たちを片手を上げることで黙らせ、チカとダグの顔を交互に見比べた後にひと言、「ついてこい」とだけ素っ気なく言ってこちらに背を向ける。けれど、その目が一瞬だけダグを見て、どこか悲し気に歪むのをチカは見逃さなかった。


 時刻はきっちり一時間後。チカたちはボロに連れられて用意された話し合いの場へと歩き始める。

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