22、腹が減ってはなんとやら
この世界に来てから良かったと思えることがふたつある。
ひとつはこのアルカ連邦国家には虫の類はほぼいないらしいということ。そしてもうひとつは意外と食べ物が美味しいということだ。
「何だっけ、この……なんちゃらパック」
「栄養保存パックな。摂食可能タイプはもう珍しいんだぞ」
ダグがチカに差し出してきたのは手のひらサイズで真空パック詰めされた長方形の「何か」だった。白い無機質なパッケージを剥いてみると中からは赤い蛍光色を放つ粘土の塊のようなものがあり、その見た目から食べることが
触感はやや乾燥したクラッカー。味は酸味といい、塩気といい、完全なトマトスープのそれだった。トマトスープを乾燥させたものを固めたらこんな風になるのだろうか。
サクサクとトマトスープから出る音としては
ダグはその様子を物珍しげに眺めながら、彼自身もパッケージから取り出したこげ茶色の粘土板にかぶりつく。チョコレートのような、ほろ苦い甘さを含んだ匂いが隣から微かに漂ってきた。
サクサク、シャクシャク。
しばらくの間、お互いに無言だった。部屋には二人が咀嚼をするだけの音が響き、時折パッケージを下にずらす音がそこに混ざる。チカは久々に出された食事に夢中になっていた。ハムスターの如く頬を膨らませながらトマトスープ味のブロックを平らげ、行儀悪くも指に零れ落ちた破片も残さず舐めとっていく。
「……結構いける。ちょっとパサパサしてるけど」
完食した後、ようやっとチカはひと言そう呟いた。手のひらサイズの大きさにも関わらず、結構な満腹感があるのが不思議に思いながら彼女は手の中に残ったパッケージを見つめる。
つるりとしたビニール状のそれには味だとか材料だとか保存期限だとか、いわゆる内容物の情報は一切乗っていなかった。まるで意識が高い系のお菓子のような包装である。
「ね、水とかないの? 喉乾いちゃった」
「ん」
「さんきゅ」
食べ終えた後は喉の渇きを覚え、ダグに尋ねれば彼は頬をもごもごと膨らませながらチカへと小さなボトルを投げてよこした。これまた手のひらサイズの小さな銀のボトルである。耳元で振ればちゃぷちゃぷと音が聞こえ、液体が入っていることが分かる。だが細い飲み口と思わしき部分を捻っても開くことがなく、どう開ければいいか分からない。
どこか他に仕掛けでもあるのかとしげしげと眺めていれば、横から伸びてきたダグの手がボトルのくびれた部分についた米粒大のボタンを押す。するとぱくんと飲み口部分の蓋が上に開いた。
なるべく飲み口に口が触れないようにしながら、チカは中身を口へと注ぐ。少しの甘みと塩味のする、スポーツドリンクのような飲料はひんやりと冷たく乾いた喉へと染み込んでいく。
「……あー、生き返った」
「そりゃ何より。で、肝心のこの後のことについてだが――」
「じゃ、ちょっと寝るから……」
「……おい」
「いいでしょ。あと三十分ぐらいはあるだろうし、ふぁ……」
「なあ、おい、マジかよ。マジでこの状況で寝る気か、あんた」
胃も満たされ、喉の渇きも癒えて、チカの身体はようやく落ち着いたらしかった。少し重みの増した身体を壁へと完全に預けながら、チカは控えめな欠伸をこぼす。急にどっと疲れが押し寄せてきたような心地だった。
その理由はもちろんこの世界に来てから立て続けに起こった様々な出来事のせいである。チカは見知らぬ世界でずっと気を張っていたし、ずっと考え続けていたのだ。それが途切れる瞬間があれば、張りつめていた糸がたわむように、気が抜けるのは当たり前のことだった。
ダグの必死に呼びかけも一切無視し、チカの意識はぬかるみにはまるように眠りへと落ちていく。ただ意識が完全に途切れる寸前、盛大な舌打ちと共に何か埃っぽい、布のようなものが体にかけられるのを感じた。
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