20、ネズミ退治の仕掛け

 最低最悪にクソみたいな気分だった。


 もし成人していたのなら、今思いっきり煙草の煙を吸い込みつつアルコールを流し込んでる場面だろう、とチカは思う。そして苛立ちをぶつけるように煙を吐き出して、缶ビールを握力だけでべこべこにへこませるのだ。


 しかし現実では煙草もアルコールももちろんなく、チカはただの魔法少女で女子高生だった。


 今だけは飲兵衛の村山のおじさんが羨ましくなる。あの人はいつも「酒は怒りも悲しみも忘れさせてくれる万能薬」と口癖のように言っていた。酒ならこのどうしようもないむしゃくしゃも、喉から胃へと流し去ってくれるのだろうか。


 ふう、とチカは薄暗い天井へ向かって息を吐いた。白くも煙たくもない透明なため息が、ひんやりとした部屋の空気を押し上げて上っていく。


「――で、どーすんの。ここでボケっとしてるけどさ」

「……ボロさんは俺らに逃げろって言ってんのさ。わざわざ時間指定までしたのが良い証拠だ」


 ボロが部屋を出て行ってから、チカはダグと並んで部屋の中で座っていた。ぼんやりとした灯りの中、時間だけが過ぎていく。シャノンはやはり目を閉じたままだ。


 静かな空間でポツポツと、互いに呟くようなやり取りが続いていた。ふたりの言葉の端々には隠し切れない疲労が滲んでいる。


「じゃ、逃げるつもり?」

「逃げる場所なんてねぇよ」

「ならどうすんの。シャノンを渡して命乞いでもするっての?」

「……冗談ならもっと面白く言えよ。クソつまんねえ」


 そう言ってダグはまた服の下からあのドローンを出す。トンボによく似た姿に、チカは尻をずるようにして彼から距離をとった。本当は立って部屋の隅まで行きたかったが、今は結構、いやかなり疲れている。一度座っただけで、足は床とくっついてしまったように動かなかった。体力はある方だと自負しているチカだったが、さすがに今回は立て続けに色々起きすぎた。


「ちょっと、出すなら何か言いなさいよ」

「知るかよ」


 ダグはチカの文句にそっけなく返した後、トンボを顔の前に浮かせたままあのスマホのような板をいじり始める。沈黙の中、微かなモーター音と板をタップする音がやけに大きく響いた。横目に見たダグの指使いは荒く、端末相手に八つ当たりしているようにも見えてくる。


「……何してんの?」

「見りゃわかんだろ」

「分かるわけないでしょ」

「あー、そうだったな。あんたは異世界人サマだったもんな」

「苛ついてる奴は男でも女でもモテないわよ。八つ当たりしないで」

「……チッ」


 「他人に機嫌とってもらおうとする奴はロクでもない」というのは道子おばさんが相談のたびに言う言葉だ。結婚歴にバツがふたつ付いている彼女の話はいつだって重みがあり、経験に基づいたリアリティが溢れている。彼女のアドバイスは年齢に縛られることなく、ためになるとクラスの間でももっぱらの評判だった。


 彼氏からぞんざいな扱いを受けていた広美がおばさんの一言で別れることを決意し、憑き物が落ちたように明るくなったのは一体いつの日だったか、と考えながらチカは隣の男を盗み見る。ダグはチカに一蹴されてから黙々と手を動かし続けていた。


 おばさんなら彼を見て何と言うだろうか。


「で、結局何してんの?」

「……ネズミ駆除の仕掛けだよ」

「何か策でもあるの? あいつの鼻っ柱へし折れるようなさ」

「前々からあの野郎のしつこさにはうんざりしてたんだ。だから」


 そう言いながらダグが端末をタップする。するとトンボの内部からさっき聞いたばかりの音声がノイズ交じりに聞こえてきた。


『――シャノンが手に入って、尚且つお前が消えてくれるんだ。――ドローンの制作費用なんて安すぎるぐらいだよ』


 それは、ついさっきのネズミの言葉。


 ダグは手の上でトンボをふわふわと浮かせつつ、したり顔でチカに言った。


「いつ手を出してきてもいいように準備くらいはしてあるさ」

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