最低な敵対者
18、嫉妬と欲望
「裏切り者? あんた、何言ってんの」
登場早々、意味が分からないことを言い始めたネズミに対してチカは顔を顰める。鼻血を吹きながら話していた時といい、本当にこの男は何を考えているかわからない。
だがそんなチカの視線もどこ吹く風で、今は鼻にガーゼを貼ったネズミはさらに聞き捨てならないことを言い始めた。
「ああ恐ろしい! あなたのようなか弱い少女がまさかテルタニスの手先だったとは!」
その言葉にチカの目がギラリと光る。そのあまりの鋭さにネズミ集団が「ひっ」と息を呑むのが聞こえたが、魔法少女はそんなことでは止まらない。
「あ? 誰が誰の手先だって? もういっぺん言ってみろよこのどスケベネズミ」
チカは今にも喉笛を噛みちぎらんばかりの勢いで、ネズミたちに向ってドスの効いた声で凄む。掃除道具として使っていた鉄パイプの柄が、パシンと手の中でいい音を立てた。もはや威嚇である。
その目が、その声色が「これ以上余計なことしたらまた顔面へこますぞ」とネズミに警告していた。いや、警告どころか今にも殴りかからん勢いだ。
けれどネズミはその姿を前に引かなかった。チカの威嚇に視線を逸らしながらも、その後ろを指さす。正確には、通路。シャノンが戦っていたあたりだ。
「っその恐ろしさ、ま、間違いない。それにっ、あなたがここに来た瞬間、平和だった我らが住処にあれが来たのが良い証拠!」
ネズミが指さした先には粉々になった哀れなドローンたちがある。ネズミの背後に隠れた子分たちがそうだそうだと一斉に頷き始めた。まるで赤べこの大群である。その中にはついさっきドローンに追いかけられていた住民も混じっていた。全員で二十名くらいはいるだろうか。
赤べこたちの声援を受けて、ネズミは勝ち誇ったような笑みを浮かべながらダグを指さす。人を指さすのがつくづく好きな男であった。
「そして裏切り者はダグ、お前だな! 何たってお前がわざわざ手先を連れてきたんだからな」
「いや違うし。私はテルタニスをぶっ飛ばしたいだけだし。裏切りとか、シャノンもダグも関係なくない?」
「ふん、誰が得体の知れないお前の言葉など信じるか」
ネズミの言い分は中々にめちゃくちゃだった。自分が庇ったにもかかわらず、話を聞かずにチカをテルタニスの手先と決めてかかっている。ネズミが言う証拠はドローンのみで、しかもそれとついさっきまで敵対していたというのにだ。
頭が痛くなってきた。何がしたいのか本当に訳がわからない。もしかしたら自分が殴ったせいで頭がイカれたのかもしれないとさえチカは思い始めていた。
「あー、なんかもう面倒臭いな。何? 喧嘩? 遠回しに喧嘩売ってる? 買うけど?」
「……やめとけ。付き合うだけ時間の無駄だ」
「家のいらない物売りませんか」も、壁の塗装も太陽光パネルも、ありとあらゆる売り込み電話を片端から着拒否しているチカだが、売られた喧嘩はとことん買う主義である。
だが「さあ端からやっていくか」とチカが鉄パイプを振りかぶったところで後ろから静止がかかった。
「こいつは俺らを追い出したいだけらしいからな。真面目に付き合うと馬鹿をみるぞ」
「は? 追い出したいって、なんで?」
「あんたも見ただろ。こいつは本当にどうしようもないスケベネズミなのさ」
忌々し気な顔でダグがそう言えば、ニタリとネズミが笑った。欲に塗れた目が見ているのはチカでもダグでもなかった。それはふたりを通り過ぎ、まっすぐにチカたちの後ろに向けられている。
まさか、と思った。もし今チカが思ったことが本当ならクズここに極まれりだ。
「まあ、君らを自由にさせた僕にも非はある。だからこの件に関与していないシャノンだけは見逃そうじゃないか」
クズだった。
「何? あんたまさか、シャノンを手に入れるために私らに濡れ衣着せようって? 馬鹿じゃないの?」
「どう解釈しようと君たちの自由だとも。ただ僕は、責任を取ると言っているだけだ」
「……責任なんて笑わせるなよ、ネズミ。どーせあのドローンも逃げてた連中も、あんたの仕込みだろ」
ネズミはダグの言葉に何も返さなかった。ただニタニタと笑って、シャノンをねっとりとした目つきで眺めている。
チカは引いていた。ドン引きだった。
過去、この世で最も気持ち悪いのは痴漢だとかストーカーだとか、欲望を正当化して攻撃してくる奴らだと思っていたチカだったが、この男はそのワーストランキングを簡単に超えてくる。何なら今も最高点数を更新している。世界一誇れないスコア更新だ。
そんな中、ダグはチカとは反対に淡々と話を続けていく。
「ありゃぁ、テルタニスのものによく似てるが似せただけのハリボテだ。これを作った奴に教えてやるといいぜ。あの性悪AIが作った機械はシャノンの蹴り一発で壊れるほどやわじゃないってな」
「それはそれは。お優しい忠告で」
「あいつの作った合金メタルは並みはずれて頑丈だ。とんでもねぇ兵器でもないかぎり簡単に壊せる代物じゃない。ボロさんに見せて見ろよ。あの人なら簡単にお前の嘘を見抜くだろうさ」
誰が兵器だ。こちとら花も恥じらう現役女子高生だぞ。
なんだか遠回しに「兵器なみの馬鹿力」と可愛くないことを言われているような気もして少しカチンときたが、今はそんなことを聞いている暇ではないことはわかる。チカは口まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
一方、ネズミはダグの言葉を静かに聞いていた。計画の粗を指摘されたにも関わらず、その表情は余裕綽々といった様子で「言いたいなら存分にどうぞどうぞ。痛くもかゆくもありませんが」とでも言いたげなゆとりさえ感じられる。ムカつく顔だった。
テルタニスが来たと嘘までついて、チカ達を追い出そうとしたことが知れ渡ればただでは済まないはずなのに。
「俺らがあのハリボテで消えたら万々歳、もしどうにかしたとしても責任をうまいことテルタニスになすりつける魂胆だったんだろうが、計画は失敗だな」
「――さて、それはどうかな」
やっぱりもう一度鼻の骨を折っておくべきかもしれない。
そうチカが思い始めた瞬間だった。ネズミがたっぷりと返事を溜めてから、ちらりと自身の後ろを振り返る。途端、後ろに控えていた赤べこ集団の中から見覚えのある顔が飛び出してきた。
仲間に置いていかれて転んでいた、あの男であった。
「あっ! ちょっと!」
「何しろ我々が必死の思いで撃破したドローンを――」
男は素早くチカたちの間を通り抜け、破壊されたドローンに向って駆けだしていく。何をする気だとチカも後を追おうとするが、残りの赤べこ集団が肉壁となってそれを防いだ。阻まれている間にも男はドローンの残骸を拾い上げ、そして、
「裏切り者と手先が証拠隠滅のために捨ててしまったのでね」
あの何でも飲み込むスチールのゴミ箱へと、それを投げ込んだ。
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