17、楽園へはまだ遠い
ドローンは全て動かなくなった。そのどれもがひしゃげ、押しつぶされ、中の意味不明なパーツをぶちまけている。
それらの恨みがましくこちらを見上げてくる光の点滅が完全に消えてなくなるのを見届けて、シャノンはチカたちの方へと向き直った。ついさっきまでの磨き抜かれた刀身のような鋭さはなく、ただのシャノンがそこに立っている。
相変わらずの、どこかの姫君のような美しさだった。
「ダグ、チカ、ご無事」
彼女は一歩踏み出し、ダグたちの安否を確認しようとして、
「です……か――」
「っちょっと、シャノン⁈」
倒れた。
何の前触れも無く唐突に、シャノンの身体は前のめりに落ちていく。
あまりの唐突さに、チカは咄嗟に反応が出来なかった。「倒れる」と頭がようやく認識し、手を前に出そうとする。だがそれよりも早く、ダグがシャノンを受け止めていた。
「チッ、いつもより早いな……」
「も……しわけ……ありま…せ」
「いい。スリープだ、シャノン」
ダグの腕の中でシャノンがゆっくりと目を閉じていく。そして、完全に瞼が閉じられると、シャノンは完全に力が抜けたようにダグの身体へともたれかかった。だらりと垂れた腕が地面につき、ダグがそれを慣れた手つきで己の肩へとかける。
ダグの表情は険しい。思わず、話しかけるのを躊躇してしまうほどに。
「……ねえ、大丈夫なの」
「平気だ。寝てりゃすぐ戻る」
「その、故障とかさ。私そんな詳しくないけど」
流れるような動作で背に担がれた、シャノンの身体は動かない。それは精巧なマネキンのようで、呼吸で肩が動くこともない。
背筋が寒くなる、嫌な光景だった。今はシャノンの色の白さも想像の悪化に拍車をかける。チカはぐるぐると考え始めた頭を横に振った。
考えるばかりなんて、自分らしくない。いつだってそれよりも先に行動して、今までのことをどうにかしてきたのだ。
「……そういや、あんたにはまだ言ってなかったな」
「何を」
「俺らが楽園の塔に行きたい理由だよ」
シャノンを背負ってダグは歩き始める。自分よりも背の高い相手が背中にいるせいか、背が重みで丸くなり、ダグの背丈をより小さく見せる。多少足が地面についてしまっても、きっと引きずった方が楽に運べるだろうに、ダグは決してそうしなかった。
背から落ちることがないように、ダグはしっかりとシャノンの腿のあたりで手を組んでその身体を持ち上げている。
宙に浮いたシャノンの白い足がダグの足取りにつられて、風に揺られる柳の葉のように頼りなくプラプラと動いていた。
「楽園の塔のクズ共は、こいつの一番大事なものを奪いやがった」
今度は簡単に「何を」とは返せなかった。歯を食いしばったダグの横顔からは今にも唸り声が聞こえてきそうで、その話題に触れていいものかとチカは言葉を返すことをためらう。
「クズ共」と語気強く言い放ったダグの目は、今にも噛みつきそうな危険な色を孕んでいた。
今少しでも刺激したら、ダグは本当に誰かを殺しに駆けだしていくんじゃないか。
そんな突拍子もない考えがチカの脳裏をよぎる。
だが実際、ダグは静かに部屋へと歩いて行っただけだった。チカも黙ってダグの後をついていく。一番初めに片づけたダグたちの部屋はずいぶんと過ごしやすくなっていた。宙に埃が舞っているのが見えないだけで、こんなにも呼吸がしやすい。
ダグはチカが初めに連れてこられた部屋の、申し訳程度の椅子にシャノンを座らせる。
くたりと背もたれに身を預けたシャノンは、本当にただの人形のようで、ついさっきまでチカ達を守って勇ましく戦っていたシャノンと同一とはとても思えない。
「シャノンはコア部分のパーツをあのクズ共に抜き取られている」
「……コア?」
唐突に、ダグが言う。さっきの話の続きなのだと内容から理解できた。
「そうだ。こいつがこれからも稼働していくのに必要な、エネルギー源」
「そんなの、取ったら動けなくなるんじゃないの」
つまりは人間でいうところの心臓のようなものだろう。そんな大事なものを取られていては歩くことすらできないのではないか。
そう考えていたチカの思考を読んでいたように、ダグはすぐさま返答をする。彼の手が頬にかかったシャノンの髪をそっとはらった。
「パーツだって言っただろ。……シャノンは、エネルギーを作り出すパーツが抜き取られてる。今は俺が寄せ集めで作った粗悪品で何とかしてるが、それも……長くはもたないだろう」
長くはもたない。そのひと言を言いにくそうに、ダグは言った。自分でも聞きたくないと、歪んだ口元が叫んでいるのが分かる。
「前は、一日中動けてた」
「……今は?」
「何もしていなくて半日。少し動いたら十時間。恐らく、時間が経てばまた動けなくなる時間は増えるだろうな」
「だから私を拉致したの? テルタニスに見つかるかもしれない危険まで冒して」
答えはない。だが、強く握り込んだ手がチカの言葉を肯定していた。
恐らく、ダグは酷く無謀な賭けをしたのだ。シャノンのために協力してくれるかも分からない異世界の人間を攫って、細い勝ち筋に縋り付いた。
チカは巣の人間たちを思い出す。シャノンへ下衆な眼差しを向ける住民と、巣の秩序のためにと波風を立たせないボロ。
この巣にはダグの仲間はいる。だが、味方はいない。きっと誰も、シャノンのために楽園の塔へは行かないのだろう。
「時間がないんだ。俺はどうしても、こいつのパーツを取り戻さなきゃならない」
ダグは、覚悟が決まった目をしていた。絶対に譲らないと、守るべきものを見つめていた。
どうしてそこまで、と言いかけてチカは口を閉ざす。この際、理由は些細な問題だった。
だからチカは「なら、シャノンの分も掃除ちゃっちゃと終わらせなきゃ」と言い、その肩に手を置こうとした。楽園の塔に向かうなら、その支度も早く済ませてしまったほうがいいと。それに、ダグが微かに反応したのが見えた。肩越しに彼の首がいつになく素直に前へと倒される。
だが、そのとき。
「ほぉ―――これはこれは。何とも鮮やかなお手並みだなあ。何をしてきたらそこまで手際が良くなるか、聞きたいものだなあ」
聞き覚えのある声がした。いきなり人が変わったように、鼻血を垂らしながらまくしたてていた男の声。
「なあ、裏切り者君」
仲間を引き連れたネズミがいやらしく、笑っていた。
―――――――――――――
あとがき
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