15、侵入してきたもの

 叫び声が聞こえてから、その正体がわかるまでに時間はかからなかった。


 曲がりくねった通路の奥、その角から慌てた様子の住民たちが飛び出してくる。皆、這う這うの体で、その目は驚愕と恐怖に見開かれていた。


「逃げろっ! 逃げろ! やつが来るっ!」


 その中のひとりがまた叫ぶ。さっき聞こえた声と同じだった。


 声の主は集団の最後尾で、後ろを振り返りながら皆を追い立てるように声を上げ続けている。慌てているせいか、急いでいるのに足の動きはぎこちなく、何度も足を滑らせて転びそうになっていた。


「テルタニスだっ! 皆逃げろっ!」


 再びのひと言で、ダグたちの住処は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。始めの言葉は悪い冗談か何かかと思って笑っていた住民たちも、鬼気迫る忠告に騒然となる。


 どういうことだ、どうしてこの場所が。そんな驚きに満ちた声が方々から聞こえてきた。その合間にガタンガタンと何かをひっくり返すような音も。


 恐怖は伝染し、騒ぎは瞬く間に巣穴全体へと広がっていく。


 テルタニス。聞き覚えのある、忘れられるはずのない単語にチカの身体が臨戦態勢をとった。


 どうして、ここは安全じゃなかったのか。


 頭の冷静な部分が住民たちと同じようにそう叫ぶ。だが、逃げ出してきた彼らの後ろに見えた物体に、そんなことを考えている暇は無くなった。


「――っ、ちょっと、何よあれ⁈」


 見えたものに驚き、チカが叫ぶ。


 ぱっと見、UFOかと思った。真っ白でつなぎ目のない、近未来的な円盤が三つ、宙を滑るように飛んでいる。


 AI、ロボットの次はUFOか、節操がないにもほどがあるだろう、とチカの頭にどこか的外れな感想が思い浮かぶ。ここまでくるともはや何でもありのB級映画だ。

 そんな彼女の疑問に答えるように、真正面を睨みつけながらダグが言う。


「テルタニスの、調査用端末機ドローンだ」

「ドローン⁉ あれが?」

「なんだよ、ドローンは知ってんのか。あんた」

「知ってるも何も……。でも、あんなの見たことないわよ」


 次はあの中からエイリアンの類でも出てくるのか、と半ば現実逃避しかけていた脳みそが、その言葉で一気に引き戻された。想定外のことに止まりかけていた考えがドローンという、知っている単語に引っ張られて急速な回転を始める。


 碁石のような形をした真っ白なドローンが三つ。その場所だけが騒ぎが膨れ上がる空間から切り離されたように静かだ。不気味である。異質で正反対の光景はあまりにも、気味が悪い。


 これもテルタニスやあの白衣たちと同じく、とんでもないテクノロジーの賜物なのだろう。少なくとも、チカが知っているドローンからは程遠い。


「まあいい、むやみに近づくなよ。あれにゃ面倒なおもちゃがたんまり仕込んであるからな」

「近づくなって、どうするつもり?」

「俺たちには俺たちなりの解決策があるってこった。なあ、シャノン」


 その呼びかけに答えるように、シャノンがダグの前へと一歩踏み出す。凛と伸びた背筋が、チカの目の前にあった。


 バタバタと住民たちがチカ達の横を駆け抜け、奥へと逃げ込んでいく。通り過ぎる時に起きた風が、彼女のプラチナブロンドをなびかせた。


 シャノンは何に動じることもなく、ただまっすぐにこちらへやってくるドローンを見つめている。


 ダグが言った。ちらりと見えた横顔に、焦りは浮かんでいない。


「いいか、シャノン。俺の命令はいつでもひとつ。『何が何でも生きて戻れ』」

「はい、ダグ」

「お前が消えたら、誰が俺を守る?」

「お任せを」


 ふたりのやり取りは何度も繰り返したようにスムーズで、シャノンはダグに答えると背後のチカ達を守るべく構える。


「危害対象を認識。保護対象の危険回避のため、防衛を開始します」


 まるで、騎士のようだった。

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