14、掃除と照れと叫び声
「にしてもあいつ。本当、何考えてんだか」
「ネズミか。まあ、確かに。前々から考えが読めねぇ奴とは思ってたが」
ダグたちの「巣」はその名に恥じない複雑な作りだった。べたべたと鉄板が貼られた細い通路が入り組み、風景があまり変わらないことも相まって、ちょっとでも気を抜くと迷ってしまいそうだ。
まだ先の見えない通路でチカはため息を吐いた。とにかく言われたからにはやるっきゃないと端の空き部屋から通路を通って順番にやってきたのはいいものの、いつ終わるかわからない。
流石に掃除を終えるまでの間に休憩はとっていいとボロは言っていたが、チカはなるべく早くこの厄介ごとを片づけてしまいたかった。夏休みの宿題も最初の一週間で片づけて、残りの期間で遊びまくるタイプである。つまりはやるべきことが残っていると落ち着かないのだ。
チカはこれから待っている長い長い道のりから目を逸らすようにダグへと話を振った。もちろん内容は自分たちがこんなことをする羽目になった原因についてである。
そもそも殴らなければこんなことになっていないんじゃないか、という声も聞こえてきそうだが、もとはと言えばネズミが手を出してきたのが原因だ。そうでもなければチカも流石にステッキで顔面を陥没させることはない。
つまり悪いのはネズミである。先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはあいつなのだ。
ついさっき見た、まるで別人のように豹変するネズミの姿を思い浮かべながらチカは鳥肌がたった腕をさすった。本当に、あの時のネズミは不気味だった。人が変わったかのような口調とダラダラと流しっぱなしの鼻血が実に奇妙で、低予算のホラー映画でも見た気分にさせてくる。
「大体何よ、あの変わりっぷり。実はあっちのが素なわけ?」
「基本、あいつはボロさんの前じゃいい子ちゃんだからな」
なるほど、つまりは目上の人間にはいい顔をするが下に見ても良いと判断した相手にはとことん強気に出るということか。
ますます気に食わない、とチカは眉間に皺を寄せる。会ってまだ間もないが、ネズミは早くもチカの中の「ムカつく奴リスト」に入っていた。ちなみにこの世界に来てから入ったのはネズミで三人目である。もちろん残りの二枠は「白衣連中」と「テルタニス」だ。
「ダグ、ネズミのことなのですが」
「何か気になることでもあるのか?」
そこへ廃材をすっかり処理し終えてきたシャノンが戻ってきて会話に加わる。薄暗い通路だと、遠目にも彼女の姿がよくわかった。黒と灰色ばかりのこの場所は、シャノンの白色をよりくっきりと浮かび上がらせる。
「はい。過去の行いから推察しても、あの男が『我々を手助けするため』に解決案を出した可能性は限りなく低いでしょう」
「つまり、何か裏があるんじゃないかってこと?」
「ご明察です、チカ」
そしてシャノンは一度そこで言葉を止め、腰の後ろへと手を回そうとしたのをチカが制す。掃除が始まってから何度も繰り返されたやり取りだった。
袖の結び目を解こうとしたシャノンの手を制しながら、チカは繰り返し同じことを言う。
「だーかーら、いいって。まだ破れたままじゃん」
「ですが、このままでは汚れます。私はこのままでも支障ありませんので」
「いいよ。汚れたら汚れたで。それに、スカート破けたままにしとくわけにもいかないじゃん」
「しかし、それではあなたが」
「いーから!」
そこまで言って、ようやくシャノンは後ろに回していた手を身体の横につける。それが上着を返そうとしてくるシャノンと、それを拒むチカのやり取りの一連の流れだった。
シャノンはどうしてと首を傾げているが、チカの意見は変わらない。あんな下卑たことを言ってくる奴らがいる中で、シャノンをあんな格好で歩かせるわけにはいかないのだ。
そんな中、ダグが言う。
「したいようにさせとけ、シャノン。こいつはお前が心配らしい」
「心配、ですか」
「ああ。よかったなシャノン。こいつはお前が可愛くて仕方がないみたいだ」
「可愛い……それは一体、どのような経緯で――」
「あーもう、やめてよそういうの! 首の裏がぞわぞわする!」
ふたりが話している内容にむず痒くなってきて、チカは会話を遮った。まったく、どうして心配しているだけなのにこうも恥ずかしい気分にさせられなければならないのか。
ニヤニヤと笑うダグを横目で睨み付け、チカは軽く咳ばらいをする。とにかく、このどこか落ち着かない、自身を暴かれるような空気感を払拭したい。
チカはダグに新たな話題を振る。多少強引な方向転換を
「ね、ねえ。あんたリーダーのことボロ「さん」って呼んでるわよね。ネズミは呼び捨てなのに」
「あ? ああ、まあな」
「何で? 理由でもあるの?」
「あー、まああの人はな。何しろ俺らを匿ってくれた恩人で」
よし、うまいこと話題をすり替えられた。そう思い、チカは内心ほくそ笑む。
だが、そのときだった。
「テルタニスだっ! あいつ、この場所を嗅ぎつけやがった!」
ただ事ではない叫び声が、通路の中で響き渡る。
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