13、無視よりもすっきりするやり方を

 聞けば、機械人形システムドールというのはいわゆるロボットやアンドロイドの類らしい。


 人間に似せて作られた、人間ではないもの。


 上の埃をはたき、下の塵と共に集めてゴミ箱へ捨てる。通路に散らばった廃材を拾い集め、使えるものだけを選別して残りはこれまたゴミ箱へ。


 スチール製の蓋つきゴミ箱は、その身の丈に合わない大きさの廃材をあっという間に飲み込んで平然としている。ダグ曰く「入ってきた物を分子レベルまで解体するゴミ箱」なのだそうだ。つまりは全自動ゴミ解体機能付きゴミ箱。


 埃も廃材も、蓋を開けるのはシャノンとダグだけだった。中は一体どうなっているのだろう――、そう思いチラチラと見ていたことがバレたのか、ダグが箒もどきでこちらを指しながら「近づくなよ。あんたは興味本位で足ぐらい突っ込みそうだからな」と言った。


 長い時間手を動かして疲れているのだろう、鉄パイプに取り付けられた、箒の先代わりの細い針金の束が宙で微かに震えている。


 深く考えずともわかる小馬鹿にした態度にチカも黙ってはいなかった。反抗的に埃を睨んだまま、ダグに反論する。


「言われなくてもそんなことしないわよ。馬鹿じゃないんだから」

「どーだかな。あんたはさっきその『馬鹿』をやらかしたばかりだ」


 その「馬鹿」が、何を指しているかはわかり切っている。だからチカはそれにも噛みつこうと口を開く。だが、それを抑え込むようにダグが言葉を被せてきた。「これ以上面倒なことは言わせない」と、少し早まった口調が語っている。

 

「シャノンのことは説明してない俺が悪かった。だがな、これに懲りたら余計な気は回すなよ」

「何よ、余計って」

「その馬鹿みたいな正義感だ。ここじゃ、そんなの足を引っ張るだけだからな」


 つまりは余計なことをこれ以上してくれるなということらしい。それにはきっと、シャノンを庇ったことも入っているのだろう。


「シャノンは機械人形なんだ。確かに俺たちと見た目は似ているが、そもそもの構造が違う。あいつは俺たちよりよっぽど頑丈で、強い」


 下を向いたまま、呟くように言った言葉はまるでひとり言のように聞こえた。チカに忠告しているのではなく、まるで言っているダグ本人に言い聞かせているような。


 箒もどきを握る手に、少し力がこもったのがはた目から見てもわかる。


 言いたくなさそうに見えた。


「だからってスカート破かれた女の子を放っておくわけ? それってかなり最低よ」

「……だからなぁ、あいつはドールだから、そんな気を使う必要は」

「ドールだからとか、人間じゃないからとか関係ないの。私はシャノンが気持ち悪い相手から嫌なことをされてたから、その原因をぶん殴っただけ」


 だから今度は、その言葉を切るようにチカが声を重ねる。


「あんたもそうしたかったんじゃないの」


 その返答にダグは何もわかっていないとでも言いたげに反論しようとしていて、けれどそれに続く言葉を聞いて固まった。


 掃除を始めてから初めて、ダグがまともにこちらを向く。丸くなった黒い目と、視線が合う。


「……なんで」

「大事なんでしょ。見てりゃわかんのよ」


 掃除の合間、ダグは何かを確かめるように床の埃から何度も顔を上げていた。毎度、視線の先には、見覚えのあるプラチナブロンドがいた。


 こちとら多感な高校生である。いくらわかりづらくとも、大切に思っていることなどバレバレだった。だてに恋バナに花を咲かせていないのである。


 そんなダグの言葉は自身に「そういうものだから」と言い聞かせて納得させているようにしか思えなかった。


「無視するだけよりは殴った方がスッキリするでしょ。違う?」

「……まあ、あのときのネズミの顔が傑作だったのは違いない」


 薄い鉄板の両端を内側に曲げたちり取りもどきに、落ちていた小さな埃を放りながらチカはそう続ける。それにダグはまた何かを言おうと口を開き、だがそれを閉じて代わりに空気が漏れるようなシューっという音を立てた。

 その顔は悪く、少し楽しげに笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る