8、白百合色の本心
「……シャノン、黙ってろ」
「頼む立場として、その言動は適切なものではありません。ダグ」
「おい、だから黙ってろって」
意外な人物の助け舟に、チカは一瞬呆気にとられた。心のどこかでダグの隣にいるのだから、腰ぎんちゃくのような存在だとばかり思い込んでいたのだ。
シャノンの突然の乱入は予想していなかったのか、ここに来て初めてダグの顔に苦々しい表情が浮かぶ。人を食ったような態度とは違う、どこか動揺したような空気があった。
「頼むから黙ってくれ」と全身で表すダグに対し、シャノンの追撃は止まらない。
「チカの疑問はもっともでしょう。仮にも協力を願う立場であるのなら、こちらも同等の情報を開示する必要があるのでは?」
「っだから、今こうやって交渉してんだろうが」
「相手の表情をちゃんと見てください、ダグ。私たちは信用されていない。彼女にとって、まだ信用するに値しないのです」
シャノンは淡々と、だがずばずばと切れ味のいい包丁の如くチカが言いたいことを言っていく。ダグが追い詰められていく光景は見ていて実に気分がいいものだった。
だが、妙な展開でもある。シャノンはダグの味方ではないのだろうか。
チカがそう思っていると、同じことを思ったらしいダグが「お前どっちの味方だよ」と小さな声でぼやいた。
「あなたのやり方では上手くいくものもいかない。なので、進言させていただきました」
「……じゃあ、お優しいシャノン様はこの得体のしれない奴に何もかも教えろって? 正気かよ」
「ここは信用を取るべきでしょう。ダグ、慎重なのはあなたの美徳ですが――、正直に言ってそのやり方は悪趣味です」
そうだそうだ、もっと言ってやれ。チカはそう心の中で野次を飛ばす。
驚いたことに口喧嘩はダグよりシャノンの方が優勢だった。ダグはまっすぐぶつけられた言葉を前に顔を
終いにはふてくされたように黙り込んでしまったダグを
こちらの何もかもを見透かすような視線は、ダグとはまた違った居心地の悪さを押し付けてくる。
「失礼を、チカ。ですが私たちも追い詰められているのです」
「……それで拉致したってわけ? 右も左も分からない私を」
「我々を信用できないのは百も承知です。しかし、こちらももう手段を選んでいる暇はない」
凛とした声が空気を揺らす。背筋を伸ばし、まっすぐにチカを見てくるシャノンの姿は髪や服装も相まって、白百合の花を連想させた。
埃と廃材の中、尚も穢れぬ白い花。
「単刀直入に申し上げます。チカ、私たちがあの塔に行くために、あなたの力を貸してください」
「……おい、シャノン」
「私には、時間がない。少しでも長く動けるうちに、あの塔に行かなければ……私は、彼を守れない」
それは少なくともダグの言葉より何倍も誠実な言葉だった。声には抑揚がないにも関わらず、端々からは確かな必死さが感じられる。
シャノンは静かに、チカに向って叫んでいた。守りたいのだと、そのために力を貸してほしいと。
「今は少しでも、力になってくれる者が必要なのです」
「協力するって、私にメリットはあるの?」
「もちろんです。少なくとも、ここに居れば安全は保障できますから」
「なんで? テルタニスはこの国を支配してるんでしょ?」
「ここは、神に弓を引くものの集まりだからです」
「神?」
もう返事は決まっていたが今までの意趣返しに少し意地悪く、チカは返事を遅らせる。すると、シャノンは妙に仰々しいことを言いだした。
青い目に、こちらを偽ろうとしている色は見えない。嘘ではないのだろう。
「私たちはテルタニスに反抗する者。この場所は、テルタニスの支配から逃れた者たちの集まりなのです」
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