7、蛇の誘い
「楽園の塔に、ってさっきの場所に? 何で?」
「簡単な話だよ。俺たちもそこに用がある」
「用って何よ」
「そこまでは言えない。あんたが味方になると決まった訳じゃないからな」
率直に言いたいことだけを言うと、ダグはまたシューっと笑い声をあげた。人相の悪い顔が歪むと、笑っているだけとわかっていても妙な威圧感がある。
ダグはまるで商品の品質をチェックするかの如く、黙ったままのチカを覗き込んできた。
「あんたにとっても悪い話じゃないと思うぜ。どうせ、そっちも用があるんだろ」
「断ったらどうする気?」
確かに願ってもない話である。チカだってあの連中に言ってやりたいことも、してやりたいことも山ほどあるのだから。
が、だからと言って今さっき拉致してきた相手の言うことにすぐ飛びつくほどチカも馬鹿ではなかった。
信用できない。騙されている可能性は十二分にある。
そんなチカの警戒心を嗅ぎ取ったのか、ダグはは舌で唇を湿らせてからそれの端を吊り上げる。ぬめった舌の赤色が酷く目に焼き付いた。
「この国はテルタニスに支配されてるって、言ったよな」
椅子を引っ張りながらダグは言った。さび付いた廃材の椅子が床にこすれて、ギイイと哀れっぽい泣き声を上げる。それは引きずられた後に、線路のような引っかき傷を埃の上に作った。
そんな悲鳴に意識を向けることもなく、ダグはひらりと椅子に跨る。その瞬間にジャケットが翻り、男の病的な痩躯が一瞬見える。掴んだだけで感触が伝わってきそうな、骨組みだけで作られたような身体。
ダグは行儀悪く背もたれに顎を乗せながら、パタパタと使い込まれたブーツの足を振る。
「あんたも見ただろ、テルタニスにぬくぬく守られてる連中をさ」
その言葉で脳裏にあの野次を飛ばしてきた白衣たちが思い浮かび、チカは再び黙り込む。一瞬「そんな映画じゃあるまいし」と考えて、それを言おうとした自分に気づいたからだった。
AIに守られる、チカの知る人間ではない人間。あんな光景を見てきたばかりだというのに。
「右も左も分からない、あんたみたいな別世界の住人が放り出されたらものの数秒で捕まるだろうな。行きつく先は解剖か実験か……」
「ちょっと待ってよ。どうしてあんたが私が別のとこから来たって知ってるわけ?」
「さあ、それは企業秘密だ」
そこまで言うとダグはまたニタニタと笑い始める。どこまでも人を小馬鹿にした男であった。
つまるところ、ダグは脅しているのだ。潤沢な手札を見せびらかし、チカが首を縦に振るのを待っている。
「連中にとってあんたは貴重なエネルギー資源であり実験成功例だからな。どこまで持つか賭けてやろうか? 俺はあんたが捕まるに全財産賭ける」
「……どこまで知ってるわけ?」
「言ったろ、企業秘密だ。これ以上仲間かも分からん奴に教える情報はない」
「初対面で拉致っといて、信用できると思う?」
「そりゃごもっともな意見だが。ま、自分が置かれてる状況をよーく考えてみろ」
悪趣味な男だ、とチカは舌打ちをする。多分、ここまで事情を知っているということはチカが魔法を使えることもわかっているのだろう。
ダグはチカが頷くしかないとわかっていて、それを口を開けて待っているのだ。頷くしかないと、それが利口な判断であると言葉で誘導しながら。
理解はできた。チカがこの世界で少しでもエネルギータンクになることを回避するためには、この胡散臭い男の誘いに乗るしかない。
しかし、それはチカにとってムカつくことに変わりはなかった。何とも頷きづらい。なんならダグのニタニタ笑いが頷きにくさに拍車をかけていた。
腹が立つ。眉間に今すぐビームをぶち込んでやりたい。
しかしそれが許される状況でもないことも十分わかっていた。
仕方がない、とチカが心の中で中指を立てながら渋々、本当に渋々と頷こうとした、そのときだった。
「その態度は適切ではありません」
ガラスのように澄んだ声が、淀んだ空気の中でまっすぐに聞こえてきた。
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