4、ムカつくものへの反抗心
魔法少女という仕事は、チカが思っているものとそう変わりはなかった。つまりはこの世に蔓延る「悪者」を叩きのめす仕事だ。
事に大小はあるものの、魔法少女がするべきことは「悪を少しでも減らして平和な世界にすること」だった。
その話を聞いた時、チカは正直なところ「それ警察の仕事では?」と思わなくもなかった。一介の女子中学生にやらせていい仕事じゃないだろう、とも。
けれど聞くところによれば。世の中には本当にどうしようもない、大人たちや警察が手を出せずに頭を抱えるような「理不尽な悪」がいるらしい。
そんな誰も手を出せない「理不尽」に立ち向かうために魔法少女が必要なのだそうだ。
日向千華が魔法少女となったのは中学一年の春。これまた下校時間の時だった。
いつも通り影を踏んで帰ろうとして、そこで勧誘されたことを覚えている。
相手がアニメでみるような喋る小動物でもぬいぐるみでもなく、ただスーツを着た人間でがっかりしたことも、アニメと全然違う勧誘文句にちゃっかりと買ってもらったアイスの安っぽいイチゴ味も、まるで昨日の出来事のように思い出せる。
魔法少女になった理由は特に大したことでもなかった。
ただ気に喰わないクラスメイトがいて、ちょっとだけむしゃくしゃしていたところに「特別な力」をぶら下げられて優越感欲しさについていっただけ。それこそアニメのような「みんなのため」だとか「正義のため」だとか大層な目標はない。
ただ普段着られない可愛い洋服を着て、悪いものを倒してすっきりできればそれでよかったのだ。
戦っている時、ふと「もしあの日承諾しなかったら」と考える日もあった。
戦っている間、承諾しなかった世界線の日向千華は帰ってテレビを見てスマホでも見ながら暇をつぶしているのだろうと想像した。そちらの選択の方がずっと有意義なのかもと考えた。
けれど、今。もし過去に戻れるタイムマシンがあったとして。中学一年、春の自分にもう一度で会えるとしたら。チカは胸を張ってこう言ってやろうと考えていた。
「この日、お前は魔法少女になって正解だった」と。
足を動かす。飛んで、伸びてくる機械の触手を踏みつけた。
ブーツの底に伝わる、柔らかいのか硬いのかわからない感触。金属製のマカロニのような、奇妙に形を変える鋼の踏み心地。
何度目かの接近で、チカはようやく自らを追い詰めている触手と、あの手枷が同じ素材でできていることに気づいた。
【エネルギーの減衰を確認。停止してください】
「で? 止まったらこの気持ち悪いうにょうにょを引っ込めてくれるって?」
【三十分後、エネルギーの完全な枯渇を確認。静止を】
「私のハッタリがよくわかってんじゃない」
機械の触手が天井から伸びてきたのは部屋の再生が終わった直後のことで、「テルタニス」は相も変わらず無機質な声でチカに襲い掛かって来た。
その声が要求するのはずっと同じ内容だ。
静止、投降、そして大人しく国のためのエネルギータンクになること。
テルタニス曰く、
【あなたのエネルギーは無限ではありません。が、その構造は非常に興味深いものです。ぜひ投降を。あなたのエネルギーはこの国をより豊かなものへと押し上げるでしょう】
とのことらしい。
そして、チカがそんなありがたい申し出を誰がやるか馬鹿野郎と蹴り飛ばしたのが数分前の出来事だった。声の主が機械の触手を差し向けてきたのはそれから数秒後。
そこから、彼女はノンストップで戦い続けている。
打撃、駄目。蹴りも同様。ビームは穴を開けるがすぐに再生する。だからこれもやっぱり駄目。部屋もテルタニスが行動を開始した直後から傷つくたびに再生を繰り返している。
交戦中の数十分、チカは頭を動かし続けていた。動きを封じようと手や足に絡みついてくる触手を薙ぎ払い、逐一ビームで焼き切っていく作業。
しかし、それ自体が不毛であることにチカは薄々気が付き始めていた。
【投降する場合は両手を上に。こちらとしても貴重な資源を破壊するのは本意ではありません】
「うっさい! 誰が資源よ! 誰が!」
足に巻き付いてくる触手を踵で踏みちぎった後、手の中でステッキを一回転させて背後から忍び寄っていた触手に風穴を開ける。焦げ臭い風と破片が飛び散るガランガランと大げさな音が部屋全体に広がった。
そのどちらもが些細な抵抗であることは、破壊したはずの触手がすぐさま元に戻るのを見れば簡単に理解できる。
そもそも、こう言ったタイプは触手のような端末への攻撃自体に意味などないのだ。やるのなら本体を叩かなければ、とチカの魔法少女としての戦いの経験が告げていた。
だが、やはり聞こえるのは声ばかりで、本体どころかテルタニスが何であるのかもわからない。
【もし投降してくださるのであればあなたの像を建てましょう。国の一番目立つところに。永遠の名誉をお約束しますよ】
「あっそ。生憎だけど私、そういうのは趣味じゃないの」
口で啖呵を切りながらもチカは肩で息をする。身体は満身創痍を訴えているのに、服だけが綺麗なままなのが奇妙な光景だった。
魔法は無限に近いが、決して無尽蔵に出てくるわけではない。変身時間が決まっているヒーローの如く、魔法少女にも限界はある。リミットは、テルタニスが言ったように三十分後。
幸いなのは、この不可視の襲撃者にチカを殺す明確な意志がないことだろう、とチカは思う。恐らく、テルタニスはチカを「利用」するために生け捕りにしようとでも考えているのだ。
それを裏付けるようにチカの視界の端では真っ先に避難した白衣たちが物陰から「いけー」だの「そこだ! 捕らえろ!」など野次を飛ばすのが聞こえてくる。
その声に苛つき、チカは一発ビームを撃ち込んでやろうとも考えたが、テルタニスを前にそんな暇もない。
チカは即座に野次を頭から叩き出し、目の前の状況に集中する。
どうする。
状況は絶望的。前にも後ろにも横にも敵で、逃げ場などない。ないように思える。
けれど、それでも。チカは知っていた。どんなに絶望的な状況だとしても、たとえ勝つことが出来なかったとしても、生き残るための糸口は必ず存在すると。
そして彼女の魔法少女としての優れた嗅覚は、生への執着から限りなく細い糸を見つけ出す。
【――抵抗は、無駄です。大人しく投降を】
チカが腕を上げる。それを最後の抵抗と見たのだろう、テルタニスが柔らかに宥めるような声を上げる。
しかし、チカがステッキを手放すことはなかった。
「ねえ、ここが室内だとするのなら――もちろん、外もあるのよね」
ステッキを向けたのは、真横。彼女から一番近い位置にある、壁。
「おい、貴様、何を――」
チカは、そこへ向けて最大出力のビームをゼロ距離で放った。
「なっ!?」
「こんなの、付き合ってられないっつーの!」
ビームで瞬時に壁に穴が空き、即座に再生を始める。だが、その大きさ故に元に戻るまでには数秒のラグがあった。
そこに、どこに繋がっているかわからないその隙間に、チカは迷うことなく体をねじ込む。
頬に当たる風は冷たく、下に見える景色は遠く。けれどそれだけで十分だった。ここがあの触手の届かない「外」であるのならば。
空中に投げ出される寸前、チカは壁に開いた穴を振り返った。それはもうふさがりかけていたが、かろうじて隙間に殺到する触手と、こちらに駆けてくるレンズの集団が見える。
チカは思う。魔法少女になってよかった、と。あいつらに負けずにすんだのだから。
目の前の愉快な光景に笑いながら、チカは中指を立てた。これ以上なく馬鹿にした声で、
「ばぁぁぁぁ――か!」
そう吐き捨てて、未知の世界への自由落下を開始する。
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