3、ビームは大体のことを解決できる

 まずチカがしたことは、ステッキを前に突き出すことだった。


「あー、楽しみ。最近ずっと倒しにくい奴ばっかり相手にしてたからさあ」

「お、おい、待て。文明的に話し合いをしようじゃないか」


 白衣のうち、ひとりがチカの前に進み出て言う。その目は千切って捨てられた手枷とチカの間で落ち着きなく動いていた。


「我々も事を急ぎ過ぎたかもしれん。何ににおいても対話からな、うん」

「え、嫌だけど」

「――」

「だって話聞かなかったじゃん。だから私も聞かない」


 「だから今からすることをやめてくれ」と言いたげな白衣の願いを、チカはばっさりと切り捨てる。


 当然であった。勝手に知らない場所に連れてこられ、罵倒され、拘束され、多少の謝罪ではおさまりがつかない気分なのだ。


「じゃ、いくよ。チ~カ~~~~~」

「っ! あれを止めろっ!」


 その音の響きは間延びしていて、切迫するどころか間抜けな雰囲気すらあった。だが、その言葉に合わせるようにステッキの先端部に光が収束していくのを見て、白衣たちは騒ぎ始める。


 何かやばいのが来る、と。


 ガチャンガチャンと走り慣れていない足運びで、白衣たちは懸命にチカへと飛びかかる。その瞬間の彼らの頭に「技術を使った云々」なんて回りくどい解決法は存在していなかった。


 ただ「あれを好きにさせてはいけない」という焦りが、白衣たちを突発的な行動へと走らせた。


「ビィィィィィ――――ムッ!」


 が、しかし。そんな抵抗も全てビームの前には無に等しい。


 収束した光は束になり、ただの暴力的な光線となって白衣たちに襲い掛かった。室内は全てを破壊せんと暴れまわる轟音と、目を潰さんばかりの眩い閃光に包まれる。


 悲鳴と騒ぎが絡まりあう阿鼻叫喚の室内で、その地獄を作り出した当の本人は腰に手を当て、けろりとした様子でこう言った。


「ほい、まずは一回目」


 轟音、のちに静寂。


 まず静けさを打ち破ったのは興奮したような白衣たちの声だった。


「何だ今の高出力のエネルギー体は⁈」

「あんな出力のものが一瞬で……?」

「今ある機械化手術の技術でも、あの出力は難しいぞ」

「いや、そもそもあんな出力に体が耐えられるわけないだろう!」


 白衣に白衣の声が重なり、合唱となってチカに迫る。全員がめちゃくちゃになった部屋や焦げ跡のついた壁や床よりも今の「チカビーム」に夢中らしかった。


 その様子に内心引きながら、チカは聞かれた通りに事実を説明する。


「え、魔法」


 もちろん白衣たちが説明足らずの「魔法」を即座に理解できるはずもなく。ざわめきは膨れ上がるばかり。


「マホ、ウ……? 何だそれは」

「新しいエネルギーか何かか? っひょっとして並行世界の生命は皆が皆このような技術を⁈」

「は? 知らん知らん。魔法は魔法だし、エネルギーとか、なにそれ」


 チカ自身もよくわかっていない魔法の構造を説明をする気はさらさらなく、白衣たちの間で議論は更に白熱していく。


「即座にあんなエネルギーが出力できるとは……あれならどんな兵器も思うままだ」

「あの技術はどうしても手に入れるべきだ! 早く確保を!」

「解剖だ! 早くあの生命体の構造を調べなくては!」


 白衣たちにとってチカの「魔法」はよほど素晴らしいものだったようで、興奮した白衣からまたも「解剖」の声が上がる。


 冗談じゃない。


 チカは降ろしかけたステッキをもう一度構える。だが、二度目のビームを撃ち込む前に白衣の中から「待った」の声が上がった。


「解剖するにもどうやって確保をする気だ」

「どうって、合金メタルの手枷を」

「……今さっき引きちぎられたばかりだろう。どうやってとどめておくつもりだ」


 白衣の言葉にチカを除いた全員の目が床に転がる手枷へと向く。興奮のあまり考えていなかったのだろう。誰かが今気づいたと言わんばかりに「あ」という声をあげた。


「こ、拘束が駄目なら薬だ。我々には効かないがあの生命体になら――――」


 諦め悪く、解剖と叫んだ白衣が食い下がる。しかし、待ったをかけた白衣は首を横に振るばかりだった。


「……もうやってる。超大型生物をものの数秒で眠らせるはずの麻酔薬を、だ。もう噴霧器から出してかなりたつが」

「――――――」

「もう一度考えろ。捕獲が本当に可能だと思うか」


 沈黙。


 白衣たちは各々の顔を見合わせていた。ようやく「どうしようもない」ということに気付いたのだろう、とチカは思う。


 ステッキを構えた。


「ね、よそ見してる暇、あるの?」

「え、ちょ、待っ」


 そして訪れる二度目の轟音と光。再び放たれたビームは白衣たちが身の安全のために散らばるには十分すぎる威力だった。


「こっ……殺す気か貴様ぁっ⁈」


 ぶすぶすと焼き目どころか溶け落ちたパイプに、無残な二本目のビーム跡。


 あまりの惨状を前にようやく危機意識が戻って来たのだろう。解剖派の白衣がチカに食ってかかる。


 その様子に「ようやくか」とチカは半ば呆れながら返答した。

 

「え? 殺すわけないじゃん。こちとら愛と平和の魔法少女なんですけど」

「――あ、い? 平和?」

虐殺ぎゃくさつ殺戮さつりくの間違いだろうが!」

「失礼な。今のだってちゃんと外すように考えてたし。今の一撃で倒れて『はいおしまい』じゃ、私の気が済まないでしょ」

「……は?」

「今の一発は私を怖がらせた分。怖かったでしょ?」


 別に当てるつもりはなく、本当に脅かし目的で撃った。それを相手がどう受け取るかは知らないが。


 もちろんそんなものには屈しない可能性もあったが、白衣たちの怯えぶりを見るに、効果は十分らしかった。


 手を上げた白衣の内のひとりが、今までにないほど柔らかな声でチカに問いかける。


「な、なあ。君は今のような攻撃を後、何度出せるのだね」


 爆発物に触れるような慎重な言葉遣いの端々から目の前のチカへの恐れと、目の前の危機を回避するための考えがひしひしと感じとれる。


 手を上げた白衣は必死なのだろう。どうにかして、この今にも破裂しそうな爆発物を言葉巧みに回避しなくてはならない、と。


「エネルギーだって無駄には出来ないだろう? なあ、ここはひとつ穏便に――」

「何度だって出せるよ。」

「――へ?」

「だって、魔法だもん」


 だが、無意味であった。

 チカは白衣の目に光った「もしかして」という希望をばっさりと切り捨てる。


 そして白衣たちが絶望に固まり切る前に、ステッキを今度は天井へと向けて、構え直した。


 二、三枚ぶちぬけば、もしかしたらビビッて解放してくれるかもしれない。


 暴力的な行動に似合わない、そんなささやかな願いを胸に、チカは腕に力をこめる。


「じゃ、次は私を驚かせた分と、勝手に拘束した分、それから――」


 だが、そのときだった。


「……っ、テルタニスっ!」

【はい、お呼びでしょうか】


 ビームを撃つよりも早く白衣のひとりが叫ぶ。


 すると室内全体に響くようにして聞こえてきたのは白衣たちと同じ無機質な声。だがそこに白衣たちのような感情の揺れは一切なかった。


 「テルタニス」と呼ばれた声は鈴が転がるように軽やかな、しかしステンレスの如く冷ややかに答える。


「緊急事態だ。今この状況を最善の形で即座に解決しろ!」

【かしこまりました】


 一方チカはと言えば、目の前で起きていることに困惑していた。


 テルタニスとは何なのか、そもそも白衣たちは一体何に話しかけているのか。


 見えない何者かと話している白衣に首をひねり、放置されている状況にムカつきが沸き、最終的にはわからないことを考えること自体が面倒になる。


 結局「よくわからないけどまとめてぶん殴ればいいか」と、チカは乱暴に思考を締めくくった。


「ねえ、何と話してるか知らないけどさ。勝手に呼び出しておいて無視はないでしょ」


 元はといえば目の前の白衣が原因なのである。並行世界の技術だか何だか知らないが、そもそも奴らがこんなヘンテコな場所に連れてきさえしなければ、こんなことにはならなかったのだ。


 話し合うどころか放置されているという状況に憤りながら、チカはステッキの先端に光を収束させる。


 と、その瞬間だった。


【室内の再構築、および】

「っ⁉」


 部屋が、再生している。


 信じられない光景に、チカは思わず自分の目を疑った。けれど、目の前で起きている出来事は紛れもない事実だ。


 ビームで焼け焦げ、抉れたはずの床は内から盛り上がるように己を修復し、溶け落ちた機械はみるみるうちにその姿を取り戻していく。それはまるで、映像を逆再生しているかのようで。


 あっという間に室内から戦闘の痕跡が消え去っていくのを見つめながら、チカは見えない敵、「テルタニス」に向けての構えをとった。


 恐らく、いや確実にこれをやってのけたのは声の主だろう。だとすれば、油断はできなかった。


 部屋を丸ごと元に戻せるような奴なんて、何をしてくるかわからない。

 ひょっとしたら、今この瞬間にも何かしているかもしれないのだ。


【――対象をエネルギー源と指定。アルカ連邦国家の幸せと安寧のため、確保を開始します】

「……何が幸せと安寧よ。この誘拐集団」


 抑揚を感じさせない声に、チカの背中を嫌な汗が伝っていった。

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