2、魔法少女、変身

「え、ここまでする? こちとらただの女子高生なんだけど」

「安心しろ。お前が何もせずとも、お前がいた並行世界の技術を聞き出す術は余るほどあるのだからな」

 

 チカは耳の奥で、己の感情がグツグツと煮える音を聞いていた。


 言っていることから察するに、ここは自分が元居た世界ではない。連れてこられたのだ。目の前の白衣が言う、「並行世界の技術」のために。恐らく無理やりに。


 勝手に囲んで勝手に騒いで、思い通りにならなければ拘束して嫌味を糞のようにひり出して並べ立てている。


 その姿は酷く滑稽で、それでいて見た目以上に幼かった。


「あー……、じゃあ何です? あんたたちはその『並行世界の技術』とやらのために幼気いたいけな女子高生に乱暴するっての?」

「乱暴とは失礼だな。ただ聞き出すだけだ。まあ、その結果どんな影響がお前に出るのかまでは知らんがね」

「話し合っての解決とかは」

「我々は忙しいのだよ。お前のような下等民族と違ってな」

「……ああ、そう」


 耳の奥で、頭の中でマグマが煮えたぎる音がする。けれど、それが燃え上れば燃え上がるほど、チカの表情は凪いだ湖面のように穏やかなものへと変わっていく。


 昔からの癖であった。怒りの沸点に達したとき、自分自身を落ち着けるべく、表面上だけでも取り繕おうとするのだ。


 チカはだらりと腕を下げる。それが抵抗をやめたように見えたのだろう、白衣はチカに向って手を伸ばす。


 しかし、白衣は気が付いていなかった。


。わざわざぶん殴りやすくしてくれて」


 チカの顔が、今までにないほど穏やかな微笑みを浮かべていること。そして、その表情が意味することに。


「な、何だ⁉ 何が起きている!」


 白い部屋には突然けたたましいブザー音が鳴り響き、部屋の中央にかけられたモニターのグラフはめちゃくちゃに動き始める。


 突如起きた異変に、今度は白衣たちが狼狽うろたえる番だった。


「っは、ぁ⁈ な、なんだ貴様、何を―――!」

「お、おいこの莫大なエネルギーは⁈」

「一体、この生命体に何が――」


 初めに手枷を嵌めた白衣が叫び、それに釣られるようにして他の白衣たちも騒ぎ出す。室内は一気に騒がしくなり、しかしその中心部でチカはただ笑っていた。制服のリボンの中心、光り輝くオレンジ色のブローチに手を添えた状態で。


 騒ぎが膨らんでいく中、機械とにらみ合っていた白衣がチカに目を向け、叫ぶ。ガチャガチャと身体がやかましい音をたて、レンズは驚きを隠せないように拡大と収縮を繰り返していた。


「あ、あれだ! あの鉱物が異常エネルギーの原因だ!」

「きっ、貴様っ! 一体何をするつもりだっ⁉」


 慌てたような言葉に、チカはことさら柔らかくほほ笑んで言った。


「……別に、ちょっと着替えるだけ。ムカつくあんたを、ぶちのめしやすいように――」


 その言葉の端に、ちょっとの怒りを滲ませて。


 途端、チカを中心に眩い光が室内を照らし出す。白衣の誰もが自らのレンズを庇って顔を覆い、誰かの「爆発する!」という言葉に、数人が転がるようにして椅子やテーブルの陰に飛び込む。何人かの白衣がトレーをひっくり返し、鍋が崩れるようなけたたましい音が上がった。


 しかし、それ以上は何も起きなかった。


 散らかった部屋は爆発も何も起こることなく、そのままの状態を保っている。


「……何だ。何もないじゃないか」

「チッ、誰だ爆発するなんて適当を言ったのは」

「おい下等生物。よく聞け、威嚇のつもりか知らんが、お前の行動はまったくの無意味で」


 何もないことに安堵しつつも、まんまと踊らされたことに苛つきながら、白衣たちがチカの方へと戻ってくる。


 だが、チカへと目を向けた瞬間、白衣たちは皆その変化に足を止め、石化したように固まった。


 白衣のうちの誰かがぽつりと言う。


「……おい、していたか?」


 チェック柄のスカートは裾にフリルのついた、ふわりとしたオレンジ色のスカートとコルセット。紺のブレザージャケットは白のブラウスとレース生地の手袋に。ブローチは白い花型に結ばれたリボンの中央で光り輝いている。


 そしてショートカットは一際目を引く、白いリボンで結われた鮮やかなオレンジの長髪に。


「よし、変身完了っと。よかったー、ここじゃできないとかじゃなくて」


 呆然とする白衣たちを置いて、レンズに見守られながらチカは軽く首を回す。


「まったく、人に嫌なことはしちゃいけないって学校で習わなかったわけ? 絶対やり返されるから、やっちゃいけませんって」


 手を握り、ブーツのつま先に床を叩き、いつも通りに「変身」したことを確かめると、チカは立ち尽くす白衣たちに向き直り、手に出現させた先端にクリスタルのついたステッキを手の中で回転させる。


 チカは笑う。穏やかな菩薩ぼさつのような微笑みに、ほんの少しだけ、喉笛を噛みちぎる様などう猛さを滲ませながら。


 軽く振ったステッキがしなやかな鞭のごとく風を切り、ぱしんと軽快な音を立てて手の中におさまった。


 チカは明るく、未知のものに怯え切った白衣たちに言う。母親が子に宿題を促すがごとく、その声色は軽い。


「よし、じゃあ準備も出来たし、はじめよっか!」

「な、なにを?」

「え? あんたたちの性根の叩き直しに決まってるけど?」

 

 そして実に晴れやかな笑みで、手始めにと手首につけられた枷をまるで紙屑のように引きちぎったのだった。



―――――――――――――

あとがき


ここまで読んでくださりありがとうございます。もし面白いな、続きが気になるなと思っていただけましたら是非フォローや応援、感想、また星マークからお気軽に評価やレビュー、をいただけますと大変励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る