第12話 活動資金がピンチだったりして (2)

 五月一日土曜日、実質的に今日からゴールデンウィークだ。時刻は朝九時。俺はパソコンでツイターを開く。

「近頃の地獄郵便局のブームについて」という題で俺の主張を書き進める。俺のツイターのフォロワーには転売ヤーが多くいる。そういう人たちに向けアドバイスを送ることも、このプロ転売ヤーレイドエイトという地位を保つために重要な仕事だ。

 地獄郵便局、アニメ放映をきっかけに今爆売れしている漫画だ。現在刊行されている十二巻まではどこの本屋でも品切れ。転売サイトやアプリでは定価の二倍から三倍の値段で取引されている。

「転売して儲けるなら仕入れ値はマックスでも定価の一・三倍まで。しかし、その条件での入手は非常に困難なため、このブームはスルーしてお金を貯めることに集中するべし」

 投稿して三十秒ほどで百いいねを超える。それを確認すると俺はパソコンを閉じて立ち上がる。そのまま部屋の隅に移動し、棚からタオルを取り出し首にかける。その後、財布とスマホをリュックに入れ下の階に移動する。

リビングを覗くと天がいた。視線が交わり、二秒ほど無言の時間が流れる。気まずい。しかし、その気まずい空気を蹴散らすように天が言葉を発する。

「お兄ちゃん、その格好で外に行くのやめてって言ったでしょ」

 俺の上下に視線を送り天は不機嫌そうに呟く。

「なんだよ、久しぶりの会話がそれかよ」

 俺は思わず笑ってしまう。天も少し遅れて笑い出した。たった一言言葉を交わしただけで、お互い気まずくしていたことが嘘のように温かい雰囲気になる。兄弟なんてそんなものだ。

「いい加減ださいよ、中学のジャージは」

「いや、外で長時間活動するにはこのジャージが一番いい。ださいより機能性だ」

ダメだこりゃと悟った天はその話を続けようとしなかった。代わりに少し不思議なことを話し出した。

「お兄ちゃん、学校でいいことあった?」

「なんで?」

「なんか最近楽しそう」

 おかしい。楽しいわけがない。こっちは転売ヤーとしての重大な危機に瀕しているんだ。

「いや、そんなわけない。いつかお前にも詳しく話すけどな、今はものすっごく面倒なことになっているんだ。アイドルの特別マネージャーになるわ、そいつと演劇部に行くわ、その演劇部でミュージカルをやることになるわで大変なんだ。転売のためとはいえ自分でもなんでこんなことになっているのかわからない」

「あのぼっちのお兄ちゃんがこんなアクティブになるなんて。アイドル? 部活? ミュージカル? やっぱりお兄ちゃんを変えるきっかけは転売だったか……」

 天は感動の表情を浮かべる。もっとも、普段のクラス内ではあかとしゃべらないのでそこでのぼっちは継続中。まあ、感動してくれているならいいけど。

 天は少し下を向いた。そして、感動の表情から少し物悲しい、過去を懐かしむような表情に変わる。

「やっぱりお兄ちゃんを変えるきっかけは転売だったか」

 もう一度はっきりとした口調で繰り返す。

「最近のお兄ちゃん、小三のあの時期のお兄ちゃんに似ている」

「ああ、まあでもそれは……」

「知っている。でも、お兄ちゃんが転売を始めたのもその時期だったんでしょ? あれがあってからも転売ということだけは一貫してきたじゃん」

「そうらしいな」

俺は他人事のように吐き捨てる。そして、ありもしない過去を思い出そうとする。しかし、ないのだから思い出すことはできない。

「ごめん、どこか行くんだったよね。もうその格好で行きな。それでこそお兄ちゃんだよ」

「だろ、これでこそ兄だ」

 もう一度二人で笑い合った。笑い終えると俺は玄関に移動する。天もついてきた。

「今日の獲物は何?」

「転売のために外出る前提? デートかもしれないじゃん」

 俺は靴を履きながらさらりと答える。

「その場合はその格好で行かせられない。死んでも止めるよ」

 天はそれ以上何も言わなかった。俺はリュックを背負い立ち上がる。

「いってらっしゃい、お兄ちゃん」

「はいよ、行ってきます、弟よ」

 俺は玄関のドアを勢いよく開けた。同時に後ろから「あ」と天の声がした。俺はドアを手で押さえて振り返る。

「お兄ちゃんの自転車、前に出しておいてあげたから」

 そう言うと、天は小さい頃のように頭の上にぽんと手を乗せ、恥ずかしそうに笑った。

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