第11話 活動資金がピンチだったりして (1)

 四月二十九日木曜日、今日は祝日だ。祝日にも関わらず俺、あか、神流の姿は学校の図書館にあった。浦野学園高校の図書館は五階建てで、蔵書数も多い。そこの三階、壁一面が美術部の絵に覆われた部屋で三人は話している。

「驚いたよ。まさかミュージカルの題材を決めていなかったなんて」

 俺は激しく落胆している。月曜日、あんなに自信満々にダブル主演とか言っておいて、この有様だ。

「ま、まあ、一応サンゴくんがマネージャーじゃん。資金面も含めてサンゴくんと決めた方がいいかなって」

 テヘペロってこういう顔をいうんだな。思ったよりかわいい。くそ、許しちゃう。俺は軽く咳払いをした後神流に質問する。

「その資金面。今月、はもう終わりだから来月か。来月の演劇部の活動費っていくらなんだ?」

 我が浦野学園高校は生徒の自主性を重視している。よって、部活の活動費も毎月生徒会が振り分け、生徒が自主的に使用できるようになっている。その結果、月末に資金難に陥った部活が、生徒会に活動費の臨時支給をねだる光景がこの学校の伝統となっている。

「五月の分は四千円になりそう」

「え、それって絶対足りないじゃん」

 あかが嘆きの言葉を発する。この学校の部活動費を平均すると月三万円ほど。野球部やサッカー部のように学校が強化指定をしている部活は十万円を超えることもザラにある。それに比べて演劇部は圧倒的に少ない。

「活動費の交渉ができるのは部長だけだから。それに、ほら、生徒会も色々あって今大変なんだよ」

 演劇部の部長って神流じゃないのか。まあ、彼女はまだ二年生だし当たり前か。それに生徒会のゴタゴタ。ぼっちで学校内情弱の俺も知っているほど面倒なことが先月から生徒会内で起きている。そんな状態で予算編成を行うことは難しいのだろう。

「とりあえず何をやるか決めよう。それが決まれば予算も決められる」

そう言うと俺は立ち上がった。あかと神流も立ち上がる。

「俺は二階のヨーロッパコーナーを見る。二人は四階の日本の昔話とか世界の童話とかで参考になりそうなのがあったら持ってきてくれ。オリジナルをそのままやるんじゃなくて、色々な話を混ぜて脚本を作ってもいいから」

「了解です!」

「わかったわよ」



一時間ほどして全員が両手に資料を抱えて三階の部屋に戻ってきた。とりあえず資料は集まった。しかし、それを参考にいくら話し合っても何を演目にするかは決まらない。

「なあ、ミュージカルじゃなきゃいけないのか? 普通の舞台でいいんじゃない?」

 俺は痺れを切らして二人に提案する。

「だめだよ、あかちゃんの歌を聞かせなきゃ意味がないの」

「みーちゃん、やっぱりいいよ。人前で演技するだけでいい経験になるから」

 平行線。俺は部屋の壁の方に目を向ける。そこにあった一枚の絵が目に留まった。

「なあ、あれ、去年の浦島太郎の舞台じゃない? 真ん中の乙姫は神流だろ?」

 あかと神流が同時に目を向ける。

「ああ、よく気づいたね! そういえば去年の舞台のあと美術部が浦島のシーンを絵に使っていいかって聞いてきた。完成していたんだ」

 俺は立ち上がりその絵に近づく。乙姫の衣装を着た神流が浦島に玉手箱を渡しているシーン。浦島は去年の演劇部部長だっけ。あ、後ろのサンゴは俺だ。絵なのに誰が誰だかわかる。

 去年は浦島が玉手箱を受け取り、ステージ横にはけたところで物語が終わった。確か、部長の浦島おじいさんの演技が下手すぎて、本番直前にカットしたんだっけ。いわば未完の舞台、未完、未完……。

「あああ!」

 あかと神流の視線が俺に突き刺さる。

「あんた、図書館では静かにするって習わなかった?」

「申し訳ない、でも、劇の題材閃いたぞ」

「ええええ、ナイスだよサンゴくん! どんなの? ねえ、どんなの!」

「だから図書館では静かに……」

 俺は高まる気持ちを抑え、話を進める。

「浦島太郎の続きをやるんだよ。浦島が玉手箱を開けてからの話」

「そうすると一から話を考えなきゃいけなくない?」

 神流が不安そうに尋ねる。

「そうだけど難しくない。まあ、聞いてくれ。浦島太郎が竜宮城から帰ってきたら現在、つまり俺たちがいる時代になっていた。一方で、乙姫も浦島のことが忘れられず後を追う。しかし、この現代の人混みの中で浦島を見つけることは不可能、だからどうすると思う?」

「うーん、逆に浦島に見つけてもらうとか?」

 神流があごに手を当てながら答える。あかは黙って話を聞いている。

「そう、見つけてもらうためには人前に出て目立つしかない。そんな乙姫にぴったりな職業は……」

 俺はチラリとあかを見る。

「アイドルってわけね」

 あかが静かに答える。

「ああ、そうだ。乙姫はアイドルになるってわけ。そこで出てくる歌はお前のデビューアルバムから引っ張ってくればいい。細かい設定は後で考えなきゃいけないが大まかにはこれでいいだろう」

 決まった、俺はドヤ顔を浮かべる。

「すごいよ、天才だよサンゴくん!」

 そうだそうだ、もっと俺を褒め称えよ。

「まあ、童話のアレンジってこの手の舞台ではありがちだけど」

 はい、いい気分モード終了。なんかあかが四万十に見えてきた。

「あんたにしてはいいアイディアよ。配役は乙姫がみーちゃんで浦島太郎が私だよね?」

 俺と神流が顔を見合わせる。二人の意見は完全に一致しているようだ。神流は顔をあかの方に向ける。そして悪代官のような笑みを浮かべる。あかは、え、まさかという表情。

「何言っているのあかちゃん。乙姫をやるのはあかちゃんだよ!」

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