第3話 実力テスト


「良く来たな、天華」

「おはようございます、ゴリ先生」

「今、絶対にゴリ先生って言っただろ」

「言ってません。それでは」

「おい、待て! 何を普通に素通りしようとしているんだ⁉」

「あれ、この学校って持ち物検査とかありましたっけ?」

「あるわ! あるけど違う!」

「とんちですか……良いでしょう。かかって来なさい」

「そんなものはやらないし、何故俺の方が挑戦者側みたいになっている! ええい、ふざけてないで早く職員室に来い!」

「……うーす」

「ちなみに、次逃げたら覚悟しとけよ」

「やだなー、私がそんなことする訳ないじゃないですかー」


 ゴリ先生は校舎の方へ向くと、肩越しにチラリと獲物を前にした野生動物のような鋭い眼光を私に向ける。

 どうやら、このゴリラは完全にアマゾンで暮らしていた時のことを思い出してしまったらしい。


 私は出来るだけ刺激しないようにへへっと笑いながら、渋々持っていたスタンガンを鞄の中へしまう。


「…………? ……いやっ、待て待て待て待て⁉ 貴様は学校になんちゅうもんを持ってきているんだ⁉」

「えっ、今時このくらい普通ですよ。物騒な世の中ですからね」

「だとしても、何故今取り出していた⁉」

「身の危険を感じたので、反射的につい……」

「お前は本当に私の事を何だと思っているんだ⁉ こんな物は今すぐ没収する! ええい、抵抗するな! ちょっ、あぶなぁああああああいっ⁉」


 バヂヂッという激しい電撃音に驚いた周囲の生徒が悲鳴を上げ、瞬く間に駆け付けた教師達に取り押さえられた私はそのまま職員室に連行される。

 危うく200万ボルトの超電圧を喰らいそうになったゴリ先生の戦慄した顔が、とても印象的だった。


××××××××××××


「さて、呼び出された理由は分かっているな」

「当然、実力テストでギターを弾いたことについてですよね?」

「そうだ。そのはずなんだが……何故だろう、後続で起こった事件の方が異常過ぎて、そんなこと今は果てしなくどうでも良く感じる」

「気のせいですよ。それより、授業に遅れるので早く実力テストの話をしましょう」

「はぁ……、こんなに納得がいかない気分で説教するのは初めてだ」


 正面にいるゴリ先生は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、大きく溜息を吐く。

 しかし、何故私はそこら辺にあったビニール紐で両手を後ろに拘束されながら、両脇を男性教師に固められているのだろう。とてもか弱い女子高生にする対応とは思えない。


「それで昨日は聞きそびれたが、何故実力テストでギターを弾いた」

「勿論、私の今の実力を見せるために」

「貴様は、音楽科器楽専攻ピアノ生徒だろ!」

「だから、何ですか!」

「逆に何が分からないのかが分からない……っ!」


 ゴリ先生は絶望したかのように、頭を抱える。

 実際に頭を抱える人なんて本当にいるんだなー。


「はは……、天華さん。僕は天華さんのピアノが聞きたかったんだけどな」


 すると、私の隣にいた天パとメガネが特徴の教師が困ったように笑う。

 この人はピアノの専門教師である、夜鎖やさ 四季しき先生だ。


「ああ、それならそうと言ってくださいよ。まったく、芸術家は本当に言葉足らずですね」

「うん、僕もまさかピアノの特待生として入学した子が、目の前のピアノを放置してギターを取り出すとは夢にも思わなかったからね。一瞬、本当に同姓同名の人違いかと思ったよ」

「珍しいですね。私あんまり人と間違えられることないんですけど、まあまだ入学して三日目ですしね。今回は特別に許してあげます。今後は間違えないでくださいね」

「うん、ごめんね? 確かにあんまり人の顔を覚えるのは得意じゃないけど、でも君のことだけは絶対にもう間違わない自信があるよ」

「何ですかナンパですか? ちょっと顔が良いからって、教師が女子生徒に手を出していい時代はもう終わりましたよ」

「そんな時代なんぞ一度たりとも存在してないわ! それより、本当に貴様一体どういうつもりだ!」


 夜鎖先生が引き攣った顔で私を見つめていると、確かに人生で一度たりとも女子高生にモテたことが無さそうなゴリ先生が叫ぶ。

 夜鎖先生の顔が良いからって、嫉妬は見苦しいですよ。


「どういうつもりとは?」

「貴様は仮にもピアノの特待生だろう! 特待生なら特待生の自覚を持って、真面目にピアノに取り組まんか!」

「別に入学案内で渡された書類を提出したら勝手になってただけなんですけど……大体、特待生だからってピアノしか弾いちゃいけないなんてルールあるんですか?」

「お前のために、今度の職員会議で議題にあげてやろうか⁉ 大体、学費も免除されている上に専用の部屋まで用意されてるんだから、特待生の義務を果たせ!」

「え、専用の部屋とかあるの⁉ マジで⁉」

「貴様、さては入学式に何も話を聞いとらんかったな⁉」


 話どころか、学校のパンフレットすら見ていない。


「それ、何処にあるんですか?」

「教えるか、馬鹿! 今教えても貴様は確実にそこでギターの練習始めるだろ!」

「そんな訳ないじゃないですか! 私は仮にもピアノの特待生ですよ⁉」

「その称号ごとこの学校の名簿から名前を抹消されたいのか、このクソガキ!」


 うーん、どうしよう。さっきから教師に馬鹿とかクソガキとか普通に言われてるんだけど、冷静に考えて異常事態過ぎない?


「大体、理事長の孫だか何だか知らないが調子に乗るのもいい加減にしろ! 学校は、お前の遊び場じゃないんだぞ!」

「ええっ⁉」


 その言葉を聞いた瞬間、信じられないような目で夜鎖先生が私を見つめてくる。

 クビにしてやろうか、この教師。


「ふははははははっ! それを知っていて私にたてつこうとは良い度胸じゃないですか! さて、おじいちゃんに言いつけられたくなかった、今すぐこの拘束を解いて貰おうか!」

「お、お前には人としての尊厳はないのか……?」

「そんなものはない!」

「コ、コイツ……っ、救いようのないクズか⁉」


 散々な言われようだが、まあ、この状況では仕方ない気がする。

 とはいっても、流石におじいちゃんもいくら孫に頼まれたからってそれで教師をクビにするほど頭終わってはないし、これはただのハッタリでしかないのだが。


「だが、残念だったな。俺は昨日、理事長直々にお前がこの学校にふさわしくないと思ったらすぐに退学にしていいと許可を貰っている」

「あんのクソジジイめ‼」


 ただの一介教師になんて権力を持たせてるんだ⁉ 可愛い孫がもし権力を盾に脅されて襲われたりしたらどうする⁉


「俺も昨日理事長に呼び出された時は、懲戒免職どころか普通に通報されるのではないかと覚悟を決めていたのだが……まさか、こんな事になるとは夢にも思っていなかったよ。理由を聞いてみたら、それくらいしないとお前をコントロール出来ないだろうと言っていたが、良く意味が分かった」

「本当にそうですね。理事長の先見の明には驚かされるばかりです」

「ええ、全く」


 何故か、両脇の教師まで安心したように息を吐いている。

 私はこの人達の中でどんなイメージなのだろうか。もう片方の教師とは、話をしたことすらないのだが。


「……あれ、合理先生。そのスーツかっこいいですね。さてはハイブランドですか?」

「普通の紳士服店で大量生産されているものだが、何か問題あるか? 教師の安月給をなめるなよ」

「ええっ⁉ 普通のスーツをそこまでカッコよく着こなせるなんて、流石ですね!」

「そうか。それでつまらん世辞はそれで終わりか? 退学にされたくなければ、真面目にテストをこなして実力を証明してみせろ」

「うーす」


 ちっ、こうなっては仕方ない。面倒くさいがピアノくらいは弾いてやろう。


「はぁー、仕方ないですねー……それじゃあ話も終わったことですし、早く拘束を解いてくださいよ」

「何故だ?」

「いや、両腕使えないとピアノ弾けないでしょ」

「足があるだろう?」

「ゴリラでも足でピアノの演奏は無理だろうが! さてはゴリ先生! 何やかんや言って、私の退学を取り消すつもりないですね⁉」

「貴様ぁ! その拘束を解いてやってもいいが、その前に何故今ゴリラが出てきたのかじっくり話を聞かせて貰おうかぁ⁉」


 その後、一限目の予鈴が鳴り響くまで私の拘束が解かれることはなかった。


××××××××××××


「なに、この人だかり……」


 午前中の一般科の授業が終わり、いざ午後の授業……つまりは専門学科の授業が開始される時間になる頃になって、私が音楽塔のピアノ科教室に辿り着くと、予鈴が鳴る直前の時間だというのに、そこにはピアノ科だけでなく大勢の他学部の生徒が教室の前に密集していた。

 それこそ、ピアノ科の生徒が入れないほどに。


「ちょっと、そこどいてくれる?」


 バッと周囲の視線が集まると、教室の入り口まで人波が割れるように道が作られる。

 私はモーセか。


「おい、アレが例の……」

「ああ、間違いねえ。俺WEBニュースで見たことある」

「え、マジで? 普通に可愛いんだけど、本当に本人なのか?」


 何やらひそひそ聞こえるが、誰の事を言っているのだろう。


「おーい、宴」

「うげっ、生きてたの雄馬」

「ああ、そういえば昨日は良く見捨ててくれたなコラ。すっかり忘れてたわ」


 はて、てっきり昨日の復讐に来たのかと思ったが違うのだろうか?

 私はいつでも鞄からスタンガンを取り出せるように構えながら、人混みの中に混じっていた雄馬に近づく。


「芸術学科の雄馬がなんで音楽塔にいるの? ていうか、この人だかりはなに?」

「いや、みんなお前を見に来てんだよ。どこの鈍感系主人公だ、お前は」

「入学して三日しか経ってないのに、ここまで注目される理由が分からない」

「逆に入学して三日しかたってないのに正門前でスタンガン振り回して教師に捕まった奴が、何で注目されないと思ってるんだ?」

「でも、朝教室に行った時は別に誰も私を見に来てなかったよ。むしろ、クラスメートすら私の半径5メートル以内には近づかなかった」

「そりゃそうだろ。他のクラスだったら面白いが、自分のクラスにお前みたいなヤバい奴いたら恐怖でしかないわ」

「じゃあ、そんな孤立した私のフォローもせずに遠巻きに爆笑してたクソ薄情者の雄馬が、クラスメート達と一緒にここにいるのは何で?」

「何かさ、噂でお前が退学をかけた実力テストをするって聞いてさ」

「なるほどね、何やかんや言っても、みんなクラスメートの私のことが心配だから見に来てくれたのね」

「んにゃ、とりあえず面白そうだから見物しに来ただけだろ」


 蹴り殺してやろうか、コイツ。


「頑張れよー」

「ファッ〇」


 中指を立てながら教室に入ると、引き攣り過ぎて顔が痙攣している夜鎖先生と目が合う。


「先生、さっさと実力テストを始めてください」

「君は良くこの状況で平然としていられるね……私なんか今までの教師人生で教室前にこんなに生徒が集まっている状況が初めてで、どう対処したら良いのかさっぱり分からないよ」

「情けないですね。それでも教師ですか」

「否定はしないけど、少なくとも当事者が言うことではないよね⁉」

「さっさと実力テスト終わらせれば、このアホ共もいなくなりますって」

「……自信ありげだね。流石は特待生といったところかい?」

「いや、小学生の発表会でもこのくらいの人数の前で演奏するでしょう。普通にもう慣れて気にならないだけです」

「君は小学生の頃でも気にしなさそうだけどねぇ……」

「失礼な」


 何故か疑わし気な目をしている夜鎖先生をスルーして、私は久しぶりにピアノの前に座る。


「課題曲は何ですか?」

「何でも良いよ。教室の棚にある楽譜から、弾けそうなものを適当に選んで」

「それが一番困るんですけど……」


 私は少し考えると、雄馬に向かって手招きする。


「なんだよ」

「私が弾いたことありそうな楽譜を適当に持ってきて」

「お前が弾いたことない楽譜なんてあんの?」

「何万とあるわ。でも、ベートーヴェンとかモーツァルトとかそこら辺のメジャーどころなら大抵弾いたことあるから」

「ういー」


 雄馬は気だるそうに教室の奥にある棚に向かうと、ガサゴソと楽譜を漁り出す。

 さて、それじゃあ私も準備を始めますか。


 私はポケットからスマホを取り出すと、ピアノの下に潜り込む。


「天華さん? 何をしているんですか?」

「あー、先生。そのアホはほっといてください。ただの準備運動みたいなものなんで」


 Googleでメトロノームと調べると、再生ボタンが一番上に出てくる。

 私はピアノの下で赤子のように身体を丸めて寝転がると、再生ボタンを押して目を瞑った。


 すぐにチッチッチッチッ……という規則正しい音が流れ始めるのを確認すると、私は意識を自分の心臓に向ける。


 ドクンッドクンッ……。


 自分でも呆れるくらいいつも通りマイペースに動いている心臓は、メトロノームと比べると欠伸が出るほど遅いと言わざるを得ないだろう。

 おーい、そろそろ出番だぞ。ゆっくり休んでないでいい加減働けよ、私の心臓。


 チッチッチッチッ……。

 ドクンッドクンッ……。


 チッチッチッチッ……。

 ドクッドクッドクッドクッ……。


 チッチッチッチッ……。

 ドッドッドッドッ……。


「よし」


 パチッと目を開けてピアノの下から這い出すと、ポカーンとした視線が周囲から突き刺さる。


「ほらよ」

「どうも」


 しかし、私はパサッと頭の上に乗っけられた楽譜を雄馬から受け取ると、向けられる奇異の視線を無視してさっさとピアノの前に座り鍵盤蓋を押し上げた。


「交響曲第5番 ハ短調【運命】か。いいね」


 この曲は、あの巨匠ベートーヴェンが五年もの歳月をかけて作曲した超大作。

 最初のデデデデーンッが有名なあの曲だ。

 あの印象的な冒頭はベートーヴェンいわく、運命が扉を叩く音とのこと。


 まさに、今の私にピッタリじゃないか。


 細く短く、深呼吸をする。

 あれだけ五月蠅かった周囲の音は、もう聞こえない。

 手の感覚がどんどんと薄れていき、空気みたいに重さを感じなくなる。

 確かに動くことを確認するために僅かに指を動かすと、視界にはちゃんと思った通りの動きをする指がある。


 さて、それでは始めようか——


「革命的な痛みを求めて」


 勢いよく、指で鍵盤を叩く。

 ギターの練習ばかりをしていてピアノでは使わない筋肉を酷使しているせいか、最近はめっきりと筋肉痛に悩まされている私の両手は、しかし痛みどころか逆にまるでブランクなんて無かったかのように滑らかに動き出す。


 この曲の背景は、大いなる不安だ。


 この曲を作曲している時、まさにベートーヴェンは病に侵され始めていた。

 音楽家にとって、生命線とも言える聴覚の喪失。


 ベートーヴェンはその不安を振り払うように、運命に抗うためにこの曲を作曲したと言われている。


 しかし、この曲に込める想いは勇気でも希望でもない。

 何故なら、ベートーヴェンは明確に聴覚の損失を恐れていたからこそ、ある種の祈りのようにこの曲を作ったからだ。

 ベートーヴェンの生きた時代に補聴器などなく、徐々に聴覚を失っていく恐怖は現代の比ではないだろう。

 それでも、ベートーヴェンは必死に抗い続けた。

 聞こえなくとも聞こえるようにピアノに耳を張り付けてまでベートーヴェンが作成したこの曲の本質は、抗いようのない運命に翻弄される人間の抵抗そのものであり、そこには希望なんてものは一欠けらもない。あるはずがない。


 だからこそ、私が音に込める想いは勇気でも希望でもなく、圧倒的なまでの絶望である。


「——っ」


 演奏を終えた私は、知らない間に止まっていた呼吸を慌てて再開する。

 教室には私の荒い息だけが響き渡り、誰もが身動きが取れなくなったかのように身じろぎ一つしない。


「……先生、終わりましたよ。結果は?」

「……えっ、あ、ああ、勿論合格だよ。素晴らしい演奏だった」

「ありがとうございます」


 ふーっ、ミッションクリアー。疲れたー。

 しかし、やっぱりピアノも楽しいな。今度ギターの息抜きにちょっと練習するか。


 パチパチッ。


「うん?」


 その時、突然拍手が聞こえたかと思ったら、雄馬がおざなりに手を叩いていた。何だアイツ。

 私がいらんことするなと文句を言おうとすると、雄馬に続き徐々に教室にいる生徒達がまばらに拍手をし始める。


「げっ」


 やがて、教室の中だけではなく廊下にいる全生徒まで拍手は伝染し、音楽塔が揺れているんじゃないかと言うほど歓声が鳴り響く。


「すげーーーーっ‼」

「滅茶苦茶ピアノ上手いじゃん、あの子! 俺鳥肌立っちゃったよ!」

「ど、どうしよう、絶対に関わらない方が良いのに、惚れちゃったかも……」


「くそー、あいつ余計な事しやがって……」


 私が恨めしく雄馬を見ると感謝しろよとばかりに親指を立ててくるので、目一杯の感謝を込めながら親指を下に向けて首を切る動作で返す。


「ほ、ほら、君達! 早く自分達の教室に戻りなさい! ここからは真面目な授業を始めますからね!」

「先生、まるで私のピアノが真面目な授業じゃなかったみたいに言わないでください」

「そ、そういう意味じゃなくてね……?」


 オロオロする情けない先生を見て溜息を吐くと、私は教室の後ろ側の空いている席に腰かける。

 あーあ、早くギターの練習したいな。


××××××××××××


「どういうつもりですの?」

「うん?」


 放課後となり夜鎖先生から無理矢理聞き出した特待生専用の部屋とやらに向かおうとしていると、突如背後から声をかけられた。


「え、何が?」

「実力テストの話に決まっていますわ」

「テスト?」

「惚けないでくださる?」


 そう言われても、全く身に覚えがない。

 ていうか、私こそその変な話し方はなんだと問いたいくらいだ。


「あのテスト、最初から課題曲は決まっていたんでしょう? そうでなければ、あんなに完璧な演奏が出来るはずないですわ」

「いや、知らないけど……さっきの演奏は、まあほら、私こう見えて特待生らしいからね」

「……っ! つまり、認めるんですね⁉︎」

「いや、なにを? ていうか、みんなもあんな感じで棚から適当に曲を選んだんじゃないの?」

「そんなはずある訳ないではありませんか。貴女にも入学前に実力テストで演奏する課題曲一覧が配られたでしょう? まさか、見てないとは言わせませんわ」


 当然、見ていない。

 確かに2月くらいに学校から連絡物が届いたと言って、お母さんが分厚い封筒を部屋に持ってきていた気がするが、あいにくと未開封のまま部屋で埃を被っているはずだ。


 ていうか、あの天パメガネ、そんなの配られてたなら先に言えよ。

 恐らく、私が課題曲一覧を読んでないのを察して気を使った結果、あの棚からすぐに弾ける曲を選べと言ったつもりだったんだろうけど、余計なお世話過ぎる。


「わざわざ、あんなパフォーマンスまでして目立てて満足ですか? 他学部の生徒は騙せても、わたくし達ピアノ科の生徒一同は皆様白い目をして貴女を見ていますよ」

「何それ普通に病むんだけど……まあ、仕方ないか」

「あっ、ちょっと! 何処に行きますの⁉︎」

「練習―」

「ふんっ、精々そうやって余裕ぶっていると良いですわ! このわたくしがいつか必ず貴女から特待生の座を奪ってみせます!」


 いや、ていうか、結局お前誰やねん。

 ため息混じりに心の中でそう呟きながら、最上階にあるという目的地へ向かう。

 残念ながら、この学校でも友達は出来そうにない。

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卍元ピアニストだけどカッコいいのでギターやります卍 はるかうみ @ocean0709

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