第2話 常識に囚われない、それが芸術だ!
私は、
十五歳、特技ピアノ、趣味ギター。
自称天才美少女ギタリスト、他称天才美少女ピアニストという、どっちに転んでも可愛いことが確定している得した人間だ。やったね。
現在そんな私は革張りの黒いソファーに座りながら,顔が怖くて筋肉がスーツを突き破ろうとしている現代社会に適応したゴリラと対峙している。早くアマゾンへ帰れ。
「おい、天華。ここに呼び出された意味は分かっているな?」
「いえ、ゴリ先生。私にはさっぱり分かりません」
「今ゴリ先生って言ったか?」
「言ってません。気のせいです」
「……そうか、まあいい。それよりも、これはなんだ」
そう言って、ゴリ先生……
「おかしなことを聞きますね。これはアマゾンにも昔からあるれっきとしたギターですよ」
「そんな事は知ってるに決まってるだろう! 俺は何故学校にギターがあるのかと聞いているんだ!」
「ああ、そういう事ですか。まったく、いくら芸術学校だからって作品でもないんだから、そうならそうと言葉で言って下さいよ」
「……貴様には一度、補習室でみっちり教育してやる必要があるようだな」
「きゃーーーーっ! 犯されるーーーーっ‼」
「何を大声で叫んでいるんだきさまぁぁああああああああああっ⁉」
生活指導室に慌てて他の教員が突入してきたところで、私は机に置いてあったギターを担いですれ違うように部屋から飛び出す。
「ご、合理先生⁉ アンタ、一体生徒に何をしていたんですか⁉」
「いや、ちが……っ、天華ぇええええええええええええええ‼」
背後から響いてくる怒号を華麗にスルーしながら、私は軽やかに階段を駆け下りる。
流石に、これで今日はもう追いかけてこれないだろう。
あまりにあっさりと一人の教員人生を終わらせた私は下駄箱で上履きを履き替えると、放課後は一般生徒がほぼ寄りつかない体育館へと足を運ぶ。
まあ、普通の学校なら部活動とかやってる人達がいるんだろうけどね。
ここは、私立総合芸術高等学校。
日本中から様々な才能を持った芸術家が集まってくる、日本で最も熱いフェス会場だ。
この学校では、部活動なんてやる人間なんて皆無だと言ってもいいだろう。部活動をやるくらいなら、作品づくりに没頭するような芸術バカしかいないともっぱらの噂だ。
「だから、あんくらいで怒らなくてもいいのになー」
専攻授業でちょっとギターを弾いただけなのに、大袈裟すぎる。
「ふふーん♪」
私は壇上に座ると、ケースからギターを取り出してチューニングを始める。
ギター歴三ヶ月の私だが、大分こなれてきたのではないだろうか。
「おっ、いたいた」
その時、体育館の扉がガラガラと音を立てて開かれる。
顔を覗かせたのは、高校に入って早速髪の毛を茶髪に染めたチャラい男子生徒だった。
残念なことに、私の腐れ縁の幼馴染でもある。
「おーい、うたげー。お前、ゴリから校内放送でめちゃくちゃ呼び出されてるぞ」
「人違いじゃないかな? 宴なんてそんなに珍しい名前じゃないからね」
「いや、放送では思いっきり学年とクラスとフルネームまで完璧に晒されてたけど……一体、何やらかしたんだよ?」
「全く身に覚えがないですね」
「嘘吐け、ゴリの奴スピーカー越しでも分かるくらいブチギレてたぞ」
「発情期なんじゃない?」
「お前すげえよ。入学して二日目で、よく担任のことそこまでイジれるな。何なのその強メンタル?」
「ゴリ先生のことをゴリって呼び捨てしてる雄馬に言われたくないけどね。私は一応、ゴリ先生って呼んでるし」
「お前がもし名前に先生と付けている事を敬意だと思っているのなら、それは大きな間違いだ。……あっ、コラ! イヤフォンを耳に着けて聞こえないフリすんな!」
雄馬は呆れたように溜息を吐きながら、私の隣に座る。
「はぁ……、それで何なの? 私は今忙しいの。何か用があるなら、一分半で済ませてよね」
「俺に許された時間ワンコーラスだけって、どこのオーディションだよ。別に特に用はないけどよ。俺はただ、俺の幼馴染が世紀末覇者並みに破天荒過ぎて、このまま退学にならないか心配なんだよ」
「入学して二日目しか経ってないのに退学になるなんて、その子は一体何をやったのよ」
「初っ端の実力テストでピアノだって言ってんのにギター弾いたっていう、俄かに信じたくない噂は聞いたな」
「別に実力を見たいんだったら、楽器とか何でも良くない?」
「この世にギター聴いてピアノの実力を測れる人間は存在しねえよ⁉︎」
「私は出来るわ」
「何故、お前は真顔でそんな戯言を吐けるんだ」
「分野の違いね」
「そりゃあ、確かにこちら画家ですけどね!」
「逆に聞きたいんだけど、例えば油絵を描いてる人が彫刻の作品の良さに気が付けない事なんてあるの?」
「少なくとも、俺は彫刻を見て油絵の実力は分かんねえって言ってんだよ!」
「凡才」
「やかましい⁉」
雄馬はそのまま全くお前は昔から……など続けながらぶつぶつ文句を垂れ流してくるが、やかましいのはこっちの台詞だと言いたくなる。
特に用がないんだったら、早くコイツどっか行ってくれないかなー……うん?
「あん? どうしたんだよ、慌てて荷物まとめ出して」
「バラしたら絶交するから」
「何を⁉︎」
私は鈍い雄馬を置いて、そのまま体育館裏から外へ飛び出す。
あーあ、結局練習出来なかったな。雄馬のせいだ。
××××××××××××
「本当に何なんだよ、アイツ……」
「ここかぁぁあああああああああっ!」
「ぎぃやぁぁあああああああああっ⁉︎」
風のように消えていった幼馴染を呆然と見送っていると、まさに鬼の形相をした筋肉ゴリラが体育館に突如として現れた。
「おい、貴様! そこで何をやっている!」
「す、すすすす、すみません!」
「用がないなら、さっさと帰宅するように! あと、ここに髪の長い女子生徒は来なかったか⁉︎」
「来てません! すみません、帰ります!」
俺は慌てて体育館の正面入り口から飛び出すと、まだ疑わしげに体育館の中を凝視している合理先生の後ろ姿をそっと見る。
「ま、マジでビビった……あのヤロー誰もいないと逆に怪しまれるから、わざと俺を置き去りにしやがったな」
しかし、一体何をやったら教師をあそこまで激怒させられるのか……最早見当もつかない。
薄情かつ怖いもの知らず過ぎる幼馴染に戦慄しながら、恐らく学校史上最も破天荒な生徒の担任教師となってしまった哀れなゴリラに、そっと心の中で手を合わせる。
お疲れさまです。
××××××××××××
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「うん。ただいま、お母さん」
「もーっ、宴ちゃん! 今日は貴族の娘とそこで働くメイドさんって設定でしょ〜! 朝も言ったじゃない!」
「私もその設定やだって朝言ったよね? 親子でその配役は、関係値ぐちゃぐちゃになって訳わかんないことになるじゃん」
「そこが良いんじゃない! 妄想が膨らんで良い演技が出来そうだわ〜」
「いや知らないけど、私を巻き込まないで頭の中だけで完結させてよ。相手にするのめんどくさいから」
「ふーん……、ところで、宴ちゃん。学校の先生からさっきお電話があったんだけど」
「ばあや、後の対応は任せましたわよ」
おほほっと上品に笑いながら、お母さんに捕まる前に自分の部屋に荷物を投げ捨ててそのまま防音室に飛び込むと、しっかり扉の鍵をかける。
ふーっ、危うくお説教されるところだったぜ。
私は大切に抱えたギターをケースから取り出すと、再びチューニングを始める。
神経質かも知れないが、これを怠ると音が綺麗に出ない気がするので一度ケースに入れたら毎回調整しないと気が済まないのだ。
「うん、良い感じ。さーて、今日は何の練習をしようかな」
ジャーンッと軽く弦を弾きながら、地面に山のように積み重なっている楽譜の中から適当に一枚を引っ張り出す。
ピアノの楽譜だけど、ギターはドレミファソと同じ5つの音で成り立っているので何となく代用可能だ。
「おっ、練習曲ハ短調 作品10の12。ショパンか、いいね。でも、まだ少しむずいかなぁー……」
練習曲の中では真ん中からやや下くらいの難易度のこの曲は、ピアノでなら容易く弾ける。
しかし、ギターとなるとその難易度は跳ね上がると言わざるを得ない。
「だがしかし、私ルールでは一度手に取った楽譜からは指がもげても逃げないのが決まりである以上、難しいから辞めるという選択肢なんてハナからない。今日は箸が持てなくなるまで練習してみせるぜ」
え、箸が持てなくなったら夕飯が食べられないんじゃないかって?
ヘーキヘーキ、何せ今日のお母さんはばあやなのだから、練習頑張ったお嬢様にはきっと甲斐甲斐しくアーンで食べさせてくれることだろう。
「さあ、始めよう。革命的な痛みを求めて」
××××××××××××
「……ばあや、これはなに?」
「お夕飯です、お嬢様」
「お嬢様には不似合いなほど、質素なお豆腐がひとつだけ置いてあるだけに見えるんだけど……」
「没落した我が家では、これが限界です」
「やっぱり、今すぐこの設定やめよう。私はいつも通り、お母さんの美味しいご飯が食べたい」
「あらまあ、嬉しいわ〜。それじゃあ、私もお母さんに戻っちゃおうかしら♪」
「お母さん大好き」
「うふふっ、宴ちゃんは本当にお母さんの宝物ね~。ところで、宴ちゃん。お母さんさっき学校の先生からすごーく怒られたんだけど、何か知ってる?」
「知らない」
「……宴ちゃん?」
「あれ、このお豆腐もしかしてあの有名豆腐店の絹一文字? すごく良いセンスしているね、流石はお母さん」
「スーパーに売ってる普通のお豆腐よ〜」
お母さんからじわじわと怒りのオーラが滲んできたので、私は皿からスポッと吸い込むようにお豆腐を吸い込むと慌てて部屋に駆け込む。
お腹減った。ぴえん。
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