第5話 放課後のオリエンテーション

 新学期1回目の授業はオリエンテーションばかりだった。まともに授業がないまま放課後になる。


「沢人君。帰りましょう!」

「明智さん。部活は?」


 俺は無所属だから暇だけど、明智さんは園芸部に所属していると言っていたから忙しいんじゃないのか?そりゃ毎日一緒に帰れれば恋愛っぽいけど、意外と現実の高校生は時間が噛み合わない。


「今日は担当の日じゃないので。あ、でも部活動説明がある日でした!」

「なら行った方がいいんじゃない?」

「あぅ。でも…」


 明智さんは捨てられた猫のように上目遣いでこちらを見る。う。罪悪感が。


「俺は隣にある図書館で時間を潰してるから、終わったら連絡して」


 俺は無所属だが、帰宅部の連中とは違って家に早く帰りたい欲がない。むしろ帰ってもすることがない人間だ。

 俺がそう言うと明智さんは顔を綻ばせた。


「すぐに終わらせてきます!」


 と言う間に教室を飛び出した。園芸部の部室は校舎敷地内にあるビニールハウス前の物置小屋だ。夏場は近くに寄ると虫にたかられるので、学内では嫌煙されがち。


「さてと。じゃー時間潰すか」


 荷物を片付けて席を立つ。廊下からは運動部のキュキュッと床を走る音と外からは野球部の掛け声が。新入生の仮入部期間だから気合いが入っている。

 その代わりか、隔絶されたように教室は静かだ。普段ならちらほらいる生徒すらいない。健介も部活に行ったし、なんだか急に寂しいな。よし図書館に行こう。

 図書館は一階横に隣接する、うちの学校の生徒なら学生証で入れる大きめの施設。そこで勉強したり、電車が来るまでの間の時間潰しとして利用する生徒が沢山いる。

 俺も課題を終わらせとこうかな。


「名倉君」


 ひ、思わず声が出かけた。後ろから聞き慣れない美声と共に肩を叩かれたからだ。

 振り返ると、銀髪の美少女がこちらをじっと見ていた。何か用があるのかな?


「西沢さん。どうしたの?」

「朝の話し。聞きそびれた」

「朝の話し?」

「ホームルームの自己PRよ。あなた、何も言わなかったじゃない」


 言わなかった、じゃなくて言えませんでした。あの空気には逆らえない。


「西沢さんも…」

「有栖って呼んで。苗字呼びされるのあまり好きではないの」

「俺も沢人で良いよ。…有栖さんだって何も言わなかったじゃないですか?」

「私は特にない、と言ったわ」


 それ言ったうちに入んないだろ、と思ったが有栖さんに面と向かって言えるわけもない。

 有栖さんは聞いてやるから早く話せと言わんばかりに、コップ付きの水筒からこぽこぽと紅茶を注ぐ。


「…旅行、とかかな」

「旅行。どこへ行ったことあるの?」

「最近だと沖縄の美ら海水族館とか、神奈川の江ノ島とか、石川の兼六園とか、かな」

「何をしに行ったの?」


 何って観光しかないが、と俺が返答に困っていると有栖さんは赤い毛糸の敷物を椅子に敷いて座った。そしてやっぱりこちらをじっと見ている。有栖さんも新入生に向けた英会話部の部活紹介みたいなものがあると思うけど、大丈夫なのかな?


「綺麗な写真を撮りに。海の青とか庭園の緑とか。あとはその地域に寄り添う人の営みとか見るの好きなんだ。なんかいいなって…」

「へえ」


 …え、終わり。ここまで引っ張っておいて反応がへえだけ?


「私は鳥を見るのが好き。特に空を羽ばたいている群れとか」


 バードウォッチングが趣味なのか。なんか親近感。俺も自分がどうこうするよりも、何かを見るのが好きだから。


「好きな鳥は?」

「鳩。真っ白なのが好き」 

「綺麗だよね。自由で、どこか別の世界までいけそうな感じがする」 

「あと餌をあげると可愛い」

「寄ってくるもんね」


 わかる。なんか知らないけど、この子と妙に話が合う。学年一の美少女と二人きりで話すなんて荷が重いし、たぶんもうこの機会は訪れないだろうけど。


「貴方はどの子が好き?」


 あ、まだ話す流れなんですね。

 席を立って図書館に行こうとした俺を有栖さんは引き留めた。もしかして俺と話すの楽しんでくれてるの、か?いや全然わからん。無表情のままだし。


「なんだろう。カワセミ?」

「私も好き」


 有栖さんもカワセミが好きなんだ。

 カワセミは水辺で見られる鳥で、旅行で自然が豊かなところに行った時に何回か出会った。鮮やかな青いフォルムが、なんかこう良いんだ。自然なるエモさがある。


「貴方のこと」


 有栖さんは俺を指差した。


 …え。

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