第65話 欠陥奴隷は英雄を叱咤する

 魔族がもう一方の手を叩き付けてくる。

 軌道を見極めた俺は、片脚で跳んで躱そうとした。


「くっ」


 痛みに顔を顰める。

 魔族の爪に太腿を切り裂かれるも、傷はそこまで深くない。

 盾を左手に保持したまま、俺は【呪毒の嗜み】を使って右手を振る。

 指から分泌された呪いの毒が飛び、魔族の顔にかかった。


「ギ、ゥアアッ!?」


 焼けるような音がして、魔族が顔を押さえて呻いた。


 その隙に俺はニアの手を引いて退避する。

 ある程度まで離れたところで、魔族の様子を確認した。


 魔族は未だに両手で顔を覆っている。

 指の合間から白煙が昇っていた。

 呪毒に苦しんでいるが、膨れ上がる怒気は伝わってくる。


 霧の刃はまったく通用していなかったが、呪いや毒といった搦め手は苦手らしい。

 目や口から体内に入ってしまったのも大きいだろう。


(やれるか……?)


 俺は意識的に深呼吸をして、努めて冷静に頭を働かせる。

 それと同時に、発動中の【大軍師の独壇場】が様々な戦法を囁いてきた。

 加えて自分の能力を客観的に考察し、勝ち筋を模索していく。


 魔族と俺を比べた場合、総合的な身体能力では負けていた。

 しかし、対抗できるだけの余地がありそうだ。

 スキルの使い方次第では十分に翻弄できるはずである。


 もっとも、単独での勝利は難しい。

 すなわち加勢してくれる戦力が必須だった。


 俺は悶絶する魔族から視線を外すと、そばに佇むニアを一瞥した。


「一緒に戦うぞ」


「…………」


 ニアは呆けた顔をして、へたり込んでしまう。

 戦いの最中とは思えない表情だった。


「おい、聞こえているのか」


 ニアの肩を掴んで揺らすも反応はない。

 完全に戦意を喪失している。

 仲間が立て続けに死んだことに加えて、仇である存在に攻撃がまったく通じなかったせいで絶望したようだ。

 無力な自分に苛まれている。


(畜生、肝心な時に……っ!)


 俺は舌打ちすると、反射的にニアの頬を叩いた。

 乾いた音が鳴り響く。


「……ッ」


 ニアが驚いた顔をした。

 彼女は赤くなった頬に触れる。


「しっかりしてくれ。俺だけでは敵わないんだ」


 これで伝わらないのなら見放すだけだ。

 いくら英雄と言えど、役立たずを気遣う暇はない。

 俺は盾を構えて魔族に向き直る。


 魔族は腰を落として激昂していた。

 顔の右半分は爛れて溶けており、片目が変色して潰れている。

 牙を剥いた口は、周りの鱗が剥げて出血していた。


 傷は徐々に再生しているが、見るからに遅い。

 毒のせいで上手く機能していないらしい。


(よし、悪くないぞ)


 細かいことを考えずに強力な呪毒を意識したが、想像以上に効いてくれた。


 魔族は荒い呼吸を整えつつ、血を吐き捨てる。

 先ほどまでの余裕など消え去って、獰猛な殺気を振り乱した。


「やりやがったな、てめぇ……ッ!」


「かかってこいよクソ魔族。欠陥奴隷が相手をしてやる」


 俺は自らを奮起し、静かに笑いながら挑発するのであった。

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