第5話 期待しなければ幸せで
心の温度はあの瞬間から消えることはなかった。それどころか熱くなるばかりで、まるで秋に近づかないこの頃の外の気温のようだ。
日付だけ進む季節感に、私は焦っていた。
理由は簡単。脚本が進まなかったから。恋に浮かれた私の心のせいでうまく書けなかった。
それでもクラスの迷惑になりたくなくて授業中に『ロミオとジュリエット』の資料を読みこむ。
以前だったら何とも思わなかった恋の文字列に、ロミオとジュリエットの言葉に、胸を強く鷲掴まれるのは、まっすぐ想い合う2人の感情が風間くんの姿に重なるからだろう。
きっと物語のせいだ。好きと言ってしまいたくなる。彼の他を考えられなくなったのもそう。
私のことを思ってほしくて、風間くんが私を選ぶ想像を頭の中で想像して、泣きそうになった。心が凝縮するような感覚する。
目元がうるんで、それを隠そうと机の上に頭を伏せると『ロミオとジュリエット』の本の匂いに涙が一筋だけ流れた。
──授業終了のチャイムに放課後がやってきたことを知った。
「今日は息抜きしよっか」
風間くんの提案に困った私は「でも」と否定しようとするけど彼はそれを許さなかった。
「この一週間、
そう言って「いくよ」と私の先を歩く。
追いつくように駆け寄る私は、風間くんの隣に並ぶ勇気がなくて少し斜め後ろをついて行った。
そして最初のカフェに入った。向かえに座る風間くんの顔を見れない私は、彼の指へ視点を合わせる。
「原案、あとどれくらいで終わりそう?」
「ほとんどクライマックスなんだけど手こずってるから明日か明後日になると思う」
「了解、初めの方貸してくれる? 脚本に書き下すから」
私はカバンの中からクリアファイルを出して書き終わった紙を机の上に出した。風間くんはそれを見ながらカバンからノートを出している。
「ちょっと書いてみていい? 情景が浮かぶから書きたくなった」
私の「いいよ」の言葉を待たずに彼はノートの上にペンを滑らせる。
流れるような腕の動きに少しドキドキして、顔をあげてしまった。
……見なきゃ良かった。
真剣な眼差し、揺れる髪の先、視線の真ん中に移る彼が綺麗でそれから逃げるように視線を逸らした。見えなくしても弾かれたような心臓の音が耳元で鳴り続けるのは、きっとどうしようもないくらい恋に落ちているからだ。
「このシーン、原作のまんま?」
「あ、そこはロミオが考えを浮かべてるところだから、同じセリフだけど溜めた感じにしてほしい」
「原作だったら結ばれないことを分かった上だったから堂々としていられたけど、ハッピーエンドにするには意味合いが変わるもんね。王家が結ばれるとなると、それ相応のリスクになるから言葉に迷いが出るのか」
「うん。ロミオの場合、自分の身だけじゃなくてジュリエットにもリスクが生じるから」
風間くんは「うんうん」と頷きながら、セリフの部分に〝……〟を足していく。
でも、私がジュリエットの立場なら、何でもいいから未来をはっきりと願う言葉をかけてほしい。でも私がロミオだったら同じように言葉を詰まらせるんだろうな。
そう思いながら風間くんを見て、彼にこの想いを伝えられるかなと〝好き〟という感情を心の中で抱きしめた。
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