第3話 名称知らずの感情

「今度河合かわいさんのおすすめの本紹介してよ、読んでみたい」



 風間かざまくんにそう言われた私は自然と1つの作品が頭の中に浮かんだ。

 何度も読んで人の美しさを感じては主人公の気持ちに共感して、泣きそうになる恋愛作品。余命を通達された少女とその現実を受け止め少女をまるっと愛す少年が描く、一瞬一瞬がきらびやかで儚い物語。



「全然いいんだけど、一番好きな作品は恋愛ものなんだよね。風間先生、お父さんの本はミステリーだけど風間くんはヒューマンドラマとか恋愛とか読むの?」


「うん、どんなジャンルも好きだよ」


「そうなんだ! じゃあ明日にでも持ってくるね」



 少しでも楽しんでもらえたら、好きな本だなって思ってもらえたら嬉しいなと思っている時、「ありがとう」という風間くんの笑顔がいつもより輝いているように見えた。

 夏の太陽にグラスが反射しているからだろうか。

 そのあまりの綺麗さに、時に置いてかれた私は風間くんに話しかけられるまで固まっていた。




「どうかした?」



 そう聞かれた私は「ううん」と返事をしてドキドキに蓋をする。そして気づかれないように話題を変えた。



「そういえばなんで名前分かったの? 誰も私の名前なんて知らないと思ってたのに」


「さすがにわかるよ」



 あぁ困るな。

 彼のまっすぐな視線に、……なんだろう。今までにない感情に襲われる。

 視線を逸らしたいのに逸らせない理由もわからないけれど、私の心臓は強く音を奏でていた。



 この異変を見ないふりもできたと思う。気のせいだって言い訳もできた。

 それでも彼と出会って私がいい方に変われたのかもしれない、なんて私は自分自身に期待をしてしまったからこの感情を知ることになってしまうのだ。








 そんな異変に気づいた日から、数日が経った。

 私たちは放課後は図書館に移動して、風間くんは私が貸した本を読んでいた。

 その隣で私が演劇の脚本の流れを書く。



 ────



 書いている話は私が書きたいと言った「ロミオとジュリエット」だ。

 誰もが知っている『ロミオとジュリエット』は2人とも結ばれずに世界から消えてしまう悲しいお話。

 苦しい恋の物語だけれど、この話は現代にも強いメッセージを残してくれている。

 環境が恵まれずに想いが通じないことは今だってあることだ。時代が流れても変わらない物語背景を少し変えて、誰もが結ばれてほしいと思うこの物語をハッピーエンドに変えて書いていた。


 そこでカギになるのはやっぱり物語の終盤。

 ハッピーエンドと言っても家柄や出会い方を変えてしまったら『ロミオとジュリエット』と言えなくなってしまうから、中盤から少しずつ変化を起こしていく。

 想像よりも繊細な作業に行き詰った私は思わず一言こぼす。



「結ばれないのが分かってた2人だけど、どうして2人とも諦めなかったんだろう」



 すると思いがけない返事が風間くんの口から零れた──。



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