第4話 万年筆

セルエテン王国、私の物語に登場する架空の国。けど私は原案者で物語を描いているのは別の人物である。

漫画のタイトルは確か――


つかの間の喜遊曲ディヴェルティメント


……原案の時はこんなシャレたタイトルじゃなかったような気もするが。

どうも最近の漫画は難しい響きのタイトルにすると売れると踏んでいるようだ。

いや、そうしないと読者のお眼鏡に叶わないくらい飽和状態なのか。

舞台は現実世界でいえば中世ヨーロッパに近い架空の世界。王国セルエテンは魔法と化学が共存し合う発展した場所、そこで庶民の出の主人公、フラビィ・ロワリエと王太子ハロルド・シャルベが恋に落ちいくつかのハードルを乗り越えた末に結婚する王道のラブロマンスである。


「私の名字のキャラクターなんて出てこなかったような気がするんだけど……」

パルリエ、聞いたことがないネーミングだった。漫画版オリジナルの脇役の家名だろうか。

ルナーサの自室で万年筆を見つけた私はそんなことを考えながらその懐かしく使い古した筆を手に取った。

すると不思議な光文字が浮かび上がるではないか。


――やっと目覚めてくれたみたいだね――


「……目覚めた?貴方は誰?」


ゆらゆらと文字は漂う。光の粒子となって端からゆっくり消えるとまた別の文字が浮かぶ。


――風を吹かす者さ。この場所に君をいざなった――


「あの時の!」


――時間が無くて直ぐに送ってしまったからなんの説明も出来なかったから、待っていたんだけどどうにも君の目覚めが悪くてね。こんなに時が進んでいるとは思わなかったよ――


赤子の時に一度チャンスはあったが確かにすぐ眠ってしまったな、と独りつ。

光の文字は未だ揺蕩たゆたう。

よっぽど私に文句言ってやりたかったのだろう。


私は自室の唯一高い椅子を持ってきて文字をかき消してやろうかと思ったが、さすがにそこまではしなかった。無駄な努力になるのが関の山だと思った。


――君の呪いの言葉、それを解く鍵は王都にあるよ。そしてそこでに近付いてバッドエンドを回避してやらないとね。だから君を新しいキャラクターとして勝手に加えさせて貰ったんだ。……そので――


ペン……この万年筆のことか。

手に取ってみるも何ら以前と変わらない気がする。だがキャップを外すとそうとは言えなくなった。

万年筆のペン先が光っている。


――そのペンで文字を書くんだ。……あぁ、日本語でいいし紙じゃなくても大丈夫だよ。書いた文章がに推敲されて叶えられるものだと判断が下されるとその通りになるよ。けどその光文字は君の魔力によって書ける量が決まっているからね。君の今の魔力だと……1週間で3文字が限界くらいかも――


試し書きしてみようか、とペンを持っていた手をさっと引っ込めた。3文字なんてお・か・し、なんて子供心で書いただけで終わりじゃないか。しかも1週間でそれだけしか書けないのか。

更に世界を統べる者……要は神様だろう、神の判断で可否を問われるなんて編集の松村さんなら余程のものじゃない限り首を縦に振ってくれたというのに。


文字はまた浮かび上がる。これを書いている風を吹かす者も同じ条件で書いているとしたら、結構な魔力があるんだなと感心すると共にそんなに魔力があるなら分けてくれればいいものをと悪態ついた。


――君は頑張って王都で魔力を身につけて、時と場合によってはそのペンでシナリオを修正して、最終的にはくだんの悲運のキャラクターを救い出す文章を書き上げてくれ。たまに様子を見るようにはするから、頑張ってね、じゃあ――


一方的に言いたいことをかいてって文字は跡形もなく無くなった。残ったのは呆然と座っている幼い体の私と万年筆と喪失感だけであった。


「ルナーサ……入ってもいいかしら?」


控えめのノックの音と先程まで一緒にいた食堂に居た母親の声が聞こえた。

この歳で突然これを持っているのは不自然か、とそっと万年筆をクッションの下に隠す。


「うん、……ママ、入ってもいいよ」

「ルナーサ、体調は大丈夫?これ、メイドが持っていこうとしてた薬……心配でママ持ってきちゃった」


何かの音が聞こえると思っていたらどうやら胃薬の入っている袋のようだった。

母親はその袋から何か取り出す――鈴のような形をした3センチくらいのガラス玉のようだった。

そうだ、この世界は魔法と化学が共存した場所だ。心電図やレントゲンに近い内部を見る機械もあれば資格のある魔法使いなら誰でも使える魔法療法も存在するのだった。

とするとこの薬は魔法療法の類の物か。

恐る恐る口に入れると、甘いどこか懐かしい味と匂いがした。どうやら本当に魔法で出来ている飴のようで、数回口の中で転がすだけでもう消えてしまった。これなら幼い子供も喜んで薬を口にするんだろう。幼い時に飲まされた異様に甘ったるいシロップ薬を思い出すとお世辞にも美味しいとは感じなかった(個人差はあるだろうがあくまで私はだ)が、この世界の子供が飲んだらなんて思うんだろうか。


「もう大丈夫みたい……ママ、セルエテンには永住するんだよね?そこで私のお告げも貰えるんでしょう?」


先程食堂で聞いた話をもう一度整理する為により詳しい情報を母親に乞う。


「えぇ、ママ達もそうしてきたんだけれどね、7歳になったら協会の偉い方からお告げを貰えるのよ。大切なお告げなの。そうしたら魔法学校に通えるようになるのよ。」


今の私は7歳だったのか、そう考えると結構小さめなのかもしれない。


「魔法学校に行くと魔力ってものも増えるの?」

「そうねぇ、元々の血筋も関係するものだけと、お告げによっては良い加護も貰えるから増えることもあるし、頑張って勉強していっぱい魔法を使ったら増えたって子も居たわね」


なるほど、なら今後魔力を増やしてあのペンを使って目的を果たす必要があるからには、王都に行くのは大賛成だ。


「じゃあママは部屋に戻るから、しばらくいい子で横になってるのよ」

「ありがとうママ」


パタンと閉じた扉をじっと見つめる。ママ、なんて子供らしい呼び方私がするようになるとは、実家の母親のことすら母さん呼びだったのにな。でももう私は小林朝香ではないのだ、ルナーサとして生きていくしかない。

そしてこの万年筆でハッピーエンドの執筆を始めなければならない。


「死んでも物書きなんて、滑稽こっけいね」


明日から本格的にこの世界の魔法のことを調べよう、そう決意した。

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