第3話 記憶の整理
次に目を覚ました時私は赤子だった。
天井から吊るされた幼子を泣き止ませる効果のある軽やかな音の鳴る
辺りを見渡してはみるが白黒テレビのような彩度の低い世界が広がっていて近くのものすらよく判別出来ない。
赤子はあまり産まれたてのうちは物がよく見えないんだったな、と私も前世の資料集めの時に見た本の記憶で覚えていたが、ここまでとは思いもしなかった。
時たま光を感じることから誰かが甲斐甲斐しくカーテンを開けてくれたりしているのだろうか。
これじゃ何も出来やしない、それならもう少し休みたい。
私はもう一度深い眠りに入った。
次に目覚めると私の体は以前より随分と大きくなっていた。
ベビーベッドが無くなった部屋に子供用のベッドが置き直され、部屋の至る所に玩具を収納する箱が置かれている。
顔を見るために小さなドレッサーの前に座ってみる。どうやら私は5歳くらいらしい。前世で姪っ子がこの位の身長だったから……もちろん時代や地域によっては発育状況も変わるはずだからもう少し前後するかもしれない。
長い青い髪を二つに分けて三つ編みにしている。瞳の色は灰色だ。5歳にしては整っていると言えるのかもしれない。
何か他に情報はないだろうかと探り入れる前に部屋の扉が開いてそちらに振り返った。
「おはようルナーサ、今日は早くに起きて偉いわね」
「……あ、おはようママ」
よく出来た世界だ、頭の中でちゃんと相手が誰か判別してその反応を返せるように情報処理が出来ている。
この人は今の私の母親らしい。髪は薄金髪だから私の髪の毛は父親譲りなのだろう。
頭の中の情報では母親の名前はカリーナ・パルリエとなっている。
ならば私はルナーサ・パルリエか。小林朝香より立派な名前だ。
「さ、朝食に行きましょう」
「う、うん」
子供の口調とは案外難しいものである。
意識してあの無垢な感じを出すのは結構な努力が居るのだなと私は思うのだ。自分の小説でも子供を出演させることはあったのだが、子供とは脈略のない話を延々としながら自分の世界を作り出す天才だと思っている。
子供ならではの会話を物語で表すのは難しいのだ、だから私の小説の中の子供はどことなく皆大人のような子供、になってしまっていった。
パルリエ家は割と大きな屋敷らしい、食堂までの道を歩くだけで結構な人数の使用人ともすれ違うし、この短い回廊だけで部屋数もそれなりにあるようだ。家具もどれを見ても高そうな代物で、余程裕福な家庭なのかもしれない。
「おはようルナーサ」
「おはよう……パパ」
「どうした?元気がないな今日は」
食堂に入ると先に青髪のメガネの男性が座っていた。あれがルナーサのパパらしいことは髪色で一目瞭然だった。やはり父親譲りだったか。
食堂も高そうなテーブルや椅子が設置されている。あれは、私が現世で物欲があまりないにも関わらず珍しく一目見て欲しいと思ったクイーンアンチェアに似たような感じではないかと、まじまじと観察しようとする癖を出しそうになり引っ込めて取り繕った。
椅子に腰かけようとするとさっと燕尾服を着た男性が手を差し伸べてくれた。まるで王女様のようだ、と少し感銘した。
「では頂こうか」
「……」
「……」
食事ではいつものことなのか夫婦して何か難しい話などをいくつか、使用人の仕事の進捗報告、身の回りの事を話しながらのようだ。
私は自分の中の情報に従って食事マナー通りに食べ進める。日本では某ファミリーレストランのステーキくらいしか贅沢してこなかった貧乏性なので食べたことの無い豪華な食事に少し引いてしまう。
なるほど、現世でいくつか見てきた絵画に残る夫人達はコルセットを常につけていたと言うが、こんな食事をしていたら油断したらこの華やかなドレスも袖を通せなくなるに違いない。
「そうだルナーサ、今年の夏から我が家は王都に行くからね。向こうで友達が出来ると良いな」
「ええと……王都?王都ってなんて所だったっけ?」
そう、ここの世界に目覚めてから情報をあまり見つけられてなかった。何せ最初の目覚めは生まれたての赤子、そして2度目が今日なのだから。
父親は不思議そうな顔をしながら口元をテーブルナプキンで拭いた。
「セルエテン王都だよルナーサ、忘れたのかい?」
「……セルエテン……?セルエテンって言ったのパパ?」
「そうだが……大丈夫かい?去年少し話をしたと思ったけど忘れちゃったのかな」
「あなた、去年はルナーサもまだ6歳よフフ。覚えてなくても普通よ」
2人が詳しい話をしているのを聞きながら私は重い頭を抱えて問題の整理をする必要があった。
セルエテン王都。
私が書いた小説の地名だ。
そうだ、あの風を吹かす者が言ってた準備した場所ってなんの事だろうと思っていたが……つまり私の物語の中に入って呪いの鎖をとけって言うのは……。
誰かも分からないあの女性の救って欲しいキャラクターを私の手で助けろってこと??
あぁ、そういえば死因を説明する時に異世界転生ならまだマシだったなんて言っていたけど、まさか本当にそうなると思わなかったから前言撤回したい。マシというレベルの話ではない。
食事がそれ以上喉を通らなかったので和気あいあいとする夫婦には悪いが早めの退室を申し出ると酷く驚かれた。風邪でも引いたかと医者を呼ばれそうになったが何とか掻い潜り、両親の話をまた整理するために自室に戻ると、何か違和感を感じた。この短い期間でもこの部屋に無かったなと思う物がここにある。
私はそれまでは無かったはずの物に歩み寄った。
私の商売道具だった万年筆がそこにはあった――
―――
年齢にミスがあったため加筆
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